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自己嫌悪と悲観

暴力的表現が出てきます。嫌いな人はGO BACKです。

あの夏の日、彼女の携帯から発信されたメールを見た私は、いても立ってもいられなくて彼女の家へと向かった。

とても暑い日だったのを覚えてる。

入院した病院を訪ねても返信がなくて、日差しに焼けたアスファルトをサンダルで蹴って走って向かった。

たぶん慌ててたんだろう今は冷静に考えられるけど、その時はなんで走りにくいサンダルなんて履いてきたんだろうってイライラしていたことも、途中で1回転んで膝に擦り傷を作ったことも、辿りついた彼女の家のインターホンをとても緊張しながら押したこともはっきりと覚えている。

家の中から出てきたのは彼女のお兄さん……私の好きだった人で、私が素敵だと思っていた笑顔は見る影もなく、あんな状況では当たり前だろうけれどひどく疲れた顔をしていた。

せっかくだから上がってと促されて、何となく嫌なものを感じながらも良心的なものが咎めて抗えずに家に入った。

彼女の家には何度か来たことがあったけれど、それを見ている私の気持ちのせいか、どことなく家全体に薄暗い霧がかかったような気がした。

リビングに通されてご両親のことを尋ねると、お母さんは病院で彼女に付きっ切りで、お父さんは仕事に出かけたらしい。

お茶を出されて彼と一緒にそれを飲みながら、彼がぽつりぽつりと話し出す言葉を聞いた。

昨日の夜に彼女がお風呂で手首を切ったこと。

彼女のお母さんがたまたまそれを見つけて病院に運ばれて命は助かったこと。

今は入院していて、けれど彼が家に戻ったときにはまだ目が覚めていなかったこと。

彼女の日記を見ていじめのことを知ったこと。

話し終えてから、彼はどうしてと私に問いかけた。

どうして妹を助けてくれなかったのかと。

そんなことを問われても、私に返す言葉なんてない。

恐かったから、自分が標的になりたくなかったから、どうにも出来なかったから……そんな言葉が次々に頭の中に浮かんだけれど、それは言い訳だしたぶん彼の求めている言葉じゃないと思った。

そうしたら私が彼女のために動かなかったという事実しか残らなくて、だからごめんなさいとしか言えなかった。

今、謝るくらいならどうして助けなかったのか、と再度問われた。

けれどやっぱり私は俯いて謝ることしかできなくて。

何度か繰り返した後、ふと気が付くといつのまにか彼がすぐ傍に立っていて、顔を上げるのと同時に突き飛ばされてソファから転げ落ちて、そのまま床の上で両腕を押さえ込まれた。

床に身体を打った痛みと腕を掴む彼の手の力の強さに感じる痛みで体が強張って、何が起きたのか分からなかった

けれど服の裾から入り込む彼の手の感触にぞっとして、半ば反射的にもがいて離れようとしたら、高い音が鳴って頬に衝撃が走る。

頭がくわん、と揺れるくらいの衝撃が過ぎ去ると頬がすごく熱く感じられて、自分がぶたれたことを知った。

呆然として見上げた彼の目は、以前に見たいじめをしていた女の子達の目と同じように暗く澱んでいて、改めてぞわりと身体の中を嫌な冷気が駆け抜けた。

彼は私に彼女と同じ思いを味わえばいいと言った。

嫌だと叫んでも彼には届かなくて、あんなに好きだと思っていたのに身体を這う彼の手の感触が吐き気を感じるほど気持ち悪く思えた。

私の抵抗なんて彼にはまったくきかなくて、私の意志も関係なくて、軽くいなされて覆いかぶさるように彼の体の下で押さえ込まれた。

恐くて苦しくて痛くて泣き叫びながら、一方でこれは仕方ないことなのかもしれないと思った。

彼の言うとおり、何も行動を起こさなかった弱虫で卑怯な私への罰なのかもしれないと。

けれど唐突にその時間は終わりを告げた。

彼女のための用意を整えに行った彼が戻らないことを不審に感じた彼のお母さんが帰ってきて、彼と彼に押さえ込まれた私を見つけてくれた。

その後のことはよく覚えていない。

たぶん私は気を失ってしまって、気が付いたら泣いてるお母さんに抱きしめられていた。

それから私が彼を誘った誘ってないの話で彼と私の家族の間で随分と揉めて、夏休みが終わってしばらくしても私は学校に行けなかった。

結局はお互いに2度と接触しないことを弁護士さんの立会いの下で約束して示談になったんだけど、彼女の自殺未遂と合わせて私と彼の事件は学校や町内に広まってしまっていて、とてもそのまま学校に通える状態じゃなかった。

そうして私はおばあちゃんの家に預けられることになって、ほとんど知らない場所で新しい生活を始めた。

こんなことになってからたくさん泣いて、どうしてこんなことになったんだろうってたくさん考えた。

心理学の本とかも色々と読んだりしてみたけれど、上手な答えなんて出なかった。

分かったのは、人はいつまでも泣き続けていられないことだけ。

お腹もすくし、食べたらトイレに行きたくなるし、お風呂に入らなきゃ体が気持ち悪いし、泣くのもすごく疲れるからそのうち眠たくなる。

少なくとも私は寂しさや悲しさで死んでしまえるウサギにはなれない。

悲しくても苦しくても何とか動けるし、動ける限りは普通の生活っていうものを求められる。

それに泣いていると、こんな私でも心配してくれる人たちを悲しませてしまう。

だから笑っていることにした。

そして出来るだけ人に関わらないように、私の中にある醜いものに気付かれないように、一定の距離を置いてひっそりと生きていけるように努力した。

それは私なりにうまくいっていると思えたし、周囲の反応もそんなに悪くなかった。

でも、時々ふといつまでこんな風なのだろうと思うと、ふぅっと目の前が暗くなる。

あの日から私の中で凍り付いてしまった、特別に好き、という感情はもうこのまま取り戻せないのかと思うと、いつも泣きたくなった。

だからこそ、委員会で一緒に仕事することになった彼を特別だと思えたことがとても嬉しかった。

でももう特別だと思うことは止めなきゃいけない。

私はまた何か間違ってしまったのだと思う。

けれど今度は前よりも少しはいい結果を残せるはず。

笑って気にしてないフリをして、いいクラスメイトに戻れるはず。

こっちで友達になった子に、それでいいの、と訊かれたけれど、笑ってもういいのと答えられたと思った。

私は誰かにちゃんと特別に好きになってもらえるような素敵な女の子じゃないのだから、しょうがない。

クラスの喫茶店の当番が終わって、いつの間にか友達の姿が見えなくなっていたから1人で催し物を回るのも味気なくて、準備委員会の担当の場所へととぼとぼと向かう。

じわりと衝動的にまた目が潤んだけれど、深呼吸をして抑えた。

大丈夫、そのうち慣れると自分に言い聞かせたところで、ふと耳が拾った声にびくりと体が強張った。


「わ、ごめん!ちょっと通して…」


背後から聞こえたような彼の声に慌てて振り向くと、少し離れた場所に何故か息を切らした彼がいた。

彼も私を見つけたみたいで、鋭い目元をさらに鋭く細めてこっちに近づいてくる。

何だか怒ってるみたいに見えて、思わず後ずさった。


―― 嫌だ、恐い。


私はまた気付かないうちに何か変なことをしてしまったんだろうか。

そうだとしても、今はまだ彼の言葉をちゃんと受け止められる心境には至れていない。

そうとなれば私が取れる行動は限られている。

じり、と後ずさったままくるりと彼に背を向けると、一目散に私はその場から逃げ出した。

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