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苦言と男の矜持

朝、8時50分。

多少のノイズと共に各教室のスピーカーから生徒会長の声が響いた。

自主性を重んじるこの学校では出来る限りこういった運営も生徒に任せる方針で、スピーカーからはお決まりの挨拶から始まりその後に注意事項が続く。

そしてその後に一呼吸おいて、ニヤリとした顔が思い浮かべられるような崩した口調の声が響いた。


「さて、堅苦しい挨拶はここまでだ。泣いても笑っても今日と明日の二日きり。みんな、覚悟はいいな?じゃあ、そろそろ開幕だ。―― みんなぁッ!稼ぐぞッ!!」


―― 錯覚ではなくオオッ!と応じる声で校舎が揺れた。



「このノリは嫌いじゃないけど、ここまで商魂逞しく盛り上がる文化祭の学校もあんまりないよな」

美術部の展示がされている教室の隅、準備委員会主催のクイズスタンプラリーのために用意された机と椅子でクイズのくじの留守番をしながら、イカ焼きの頭を齧りながら眇めた目を廊下へ向けた。

ちんどん屋と見紛うばかりの集団が宣伝文句を口にしながら横切っていったように見えたのは、俺の目の錯覚ではないはずだ。

「お前、その凶悪なツラ止めろよ。客が怯えるだろ」

「うるさい、目つき悪いのは生まれつきだ」

「うまくいかないからってやさぐれるなよ」

悪友の言葉にやさぐれずにいられるか、と心の中で言い返す。

あれから折を見てあいつと話をしようと試みては、うやむやのうちにかわされるということを繰り返していた。

もともと話上手でないと自覚のある俺に、実はどこかの特殊エージェントかと言わんばかりの見事なかわしっぷりを発揮したあいつを話に巻き込める能力があるわけもなく、校内の浮かれ騒ぎに反比例してこの日まで経ってしまったことに、俺のテンションと機嫌はひたすら坂を滑り落ちていくばかりだった。

逃げ足といい逃げ口上といい、なんであいつは逃げることに関してはこんなに上手なんだろう。

ますます小動物っぽいな。

「というか、くじ引いて答え書いたならさっさと行けよ」

八つ当たり気味にしっしっと悪友を追い払うように手を振ってやる。

その時、がらりと勢いよく入り口の扉が開いて新たな客かと視線を向けると、そこにいたのはあいつが最も親しくしているらしい女友達だった。

フリルのカチューシャとエプロンはうちの喫茶店の制服で、可愛らしいが教室から外に出る時にはたいてい外すはずなのにと思っている間にツカツカと早足で俺の方へと近づいてくる。

「あんたちょっと来なさい!」

「お、おぉ…!?なんだなんだ。なんかトラブルでもあったのか?」

鬼の形相とその勢いに圧倒されながら腕を掴まれ引っ張られて、思い当たったのはクラスで何かトラブルが起こって呼びにきたのかということ。

「違うけど、いいから来い!」

即座に否定されてさらに命令が加わり、眉を顰めながらも立ち上がる。

こういう逆上した女に逆らわないほうがいいというのは、女傑である俺の母親から痛いほどに学んでいた。

「ちょっとここ頼む」

「はいよ、貸し1つだな」

悪友に留守番の代わりを頼むと打てば響くような返事が返ってきて、こういうところはやっぱりこいつの良さだなと思う。

一言多かったのでわざわざ言ってはやらないが。

「早く」

「分かったから引っ張るな」

急かす声に加えてぐいぐいと引っ張られて顔を顰めながら、彼女の背中に続いて歩き出す。

階段を降り裏口になっている扉を通って人気の少ない校舎裏まで連れ出され、なんだ俺は今から絞められるのかと思った。

彼女は周囲に人がいないのを確かめるとくるりと俺を振り返ってまっすぐに俺を睨みつけてきた。

「あんたあの子のこと好きでしょ」

「……藪から棒だな」

「うだうだ雑談するつもりなんてないのよ!なんでただの友達だなんて言ったの!」

「……筒抜けだな。しかも俺があいつを好きなことは決定か」

「私が聞きだしたのよ!誤魔化さない!」

「それはお前に答えなきゃいけないことなのか?」

怒鳴られてもともと良くなかった機嫌がさらに捻くれる。

なんだってこんなところで関係のないこいつに怒鳴られなければならないのか。

それにしても俺の態度はそれほどバレバレだっただろうか。

ぐっと一度言葉に詰まるように唇を引き結んだ彼女は、けれどすぐに負けずに言い返してくる。

「私だってこんな野暮なことしたくなかったけど、しょうがないじゃない!」

ぎゅっと握り締めた手が震えていて、俺を睨みつけている目も潤んでいて、あ、やばいと思う。

女の宥め方なんてほとんど知らない。

うろたえた役立たずの俺を放って深呼吸し自分で涙を収めてくれた後、迷うように視線を揺らして彼女は俯いた。

「―― あの子、中学生の時に好きだった人に、無理矢理に押し倒されたって前に言ってた」

ぽつり、と呟いた声が頭に浸透するまで少しかかった。

そして理解したとたんに身体と顔が恐ろしく強張るのが分かる。

「誤解しないで。押し倒されたって言っても、その……最後までは。助けが入ったって」

俺の顔を見て急いで差し挟まれた言葉に脱力しそうになるくらいほっとした。

ほっとしていいのかは分からないけど、とりあえず最悪は免れたことに救われた気がした。

「色々複雑なことがあって、それで両親から離れて生まれた所から遠いおばあちゃんの所に1人だけ預けられたって。自分が悪かったからしょうがないって思うけど、どうしてもその馬鹿男と同じように大きい男の人が、何となく恐いんだって寂しそうに笑ってた」

苦渋に満ちた彼女の声に、あいつの背後に立った時の怯えた顔を思い出して口の中に苦いものが広がる。

「男のあんたに分かるか分かんないけど、女が無理に男に押さえつけられる恐怖って、ただそれだけでもすごい強いはずよ。しかも好きだった人に罵倒されて恨まれながら。私ね、その話を聞いた時に、この子もうずっとこの先、男の子を普通に好きになったりすること出来ないんじゃないかって思った。だからあの子が自分からあんたに近づいていこうってした時、すごく驚いた」

彼女の言うとおり、想像してみたけどたぶんその恐さを真実俺が理解できることはないのだと思った。

初めてあいつが俺に好きだと言ってきた時の、必死な視線が何故か今、頭の中に蘇る。

「男の子も拒絶されるのも、すごく恐いはずなのに。恋じゃないよって言ってたけど、あの子すごく楽しそうだった。ものすごい勇気を振り絞って、一生懸命にあんたを『好きでいてもいい理由』を探して。それがどれだけの気持ちかわかんないなら、あんたは件の逆恨みの馬鹿男と同列の同類よ!」

「…………」

彼女の言葉がぐっさりと胸に刺さり、思わず呻いて反論の言葉を探すが見つからない。

「あんたのこと聞くと、もういいのって馬鹿男の話の時とおんなじように寂しそうに笑うの。このままじゃ、本当にあの子もう2度と誰か好きになんてならない。あんた、あの子が好きなんでしょ?好きな女があんな風に切なそうに笑ってるのに、ビビッて引っ込むようなら男なんて止めちゃいなさいよ!!」

自分こそが泣きそうに潤んだ目をして俺を刺し殺しそうな視線で睨みながら、勢いよく彼女の指が校舎のほうを指差す。

「せめて、あの子が出した勇気の分くらい振り絞ってきなさい!」

情けないことに一言も言い返せないまま、彼女の脇をすり抜ける。

ここで俺が出来ることと言ったら、彼女の言うとおりあいつの所に行くくらいだから。

「―― さんきゅ」

せめて、と思ってすれ違いざまに礼を述べる。

ぎゅっと不機嫌そうに唇を引き結んだ彼女の返答は、「早く!走る!」という命令で、俺はその声に背中を押されるように走り出した。

これは青春物なので、走ります。(笑)

これは鉄則です。(そうか?)

がんばれヘタレ。さて彼女を捕まえられるかな?

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