始まりの言葉
志貴島の日本の国は事靈の佑はふ國ぞ福くありとぞ
*万葉集-柿本人麻呂*
自分が嫌いな人間への治療法として、毎日1度は鏡を見て自分に好きだと語りかけるというものがあるらしい。
そうするといつのまにか自分のことがほどほど好きくらいにはなれるというのだ。
暗示や思い込みといったものを応用しているらしいが、では同じようなことをすれば嫌いな人間を大好きになれたりするのだろうか。
ふと思い立った私はクラスメイトのイマイチ苦手な男子に対して実験を試みることにした。
彼は比較的女子の中でも小柄な私と反対に男子の中でも大柄な方だった。
大柄といっても太っても痩せてもいない。
でもちょっと目の雰囲気が鋭くて、私と同年代くらいの歳の男の子に特有の、ちょっと乱暴めいた動きと相まって、私にはものすごい威圧感を感じさせる。
だから少し距離を置いていたのだが、このたび押しつけられた文化祭委員にて彼と一緒に行動することになってしまった。
適当にしていればいいのかもしれないが、どうせなら仕事は気持ち良く進めたい。
ということで、委員会に出席した後、教室へ帰る途中に彼に考えたことをそのまま言ってみた。
「実は私、あなたのことがそれほど得意ではないの」
「ああ、まぁ、見てれば分かる」
当たり前の話だが、彼は不愉快そうに顔を顰めて頷いた。
「そう?でもクラスも同じだし、暫くの間でも一緒に仕事をするなら、相手が好きな方がいいじゃない」
「別に限らないんじゃないか?」
非常に面倒そうに答える彼に私は向き合って、彼の鋭い目を一生懸命に見上げる。
「私はそう思ったの。だから、私はこれから会える日は毎日、1度は貴方のことを好きだと言うことにしたわ」
「はぁ?」
あまり見たことのない彼の驚きととても怪訝そうな表情が何だか間抜けで、私は思わず自然に笑みがこぼれた。
「貴方の事が好きよ」