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月と地球と500万年

作者: 焼肉弁当
掲載日:2026/03/05

夜の海は、不思議なほど静かだった。


波の音だけが、規則正しく防波堤に当たっている。

まるで地球が、ゆっくり呼吸しているみたいだった。


真斗はコンクリートの上に寝転び、夜空を見上げていた。


満月だった。


雲一つない空に浮かぶ月は、やけに大きく、やけに白かった。


隣では、幼なじみの紗奈が膝を抱えて海を眺めている。


「ねえ、真斗」


「ん?」


「月ってさ、少しずつ地球から遠ざかってるらしいよ」


突然の話題だった。


真斗は視線を月に向けたまま答える。


「遠ざかるって、どれくらい?」


「1年で3.8センチ」


「……それ、誤差じゃない?」


「でもね」


紗奈は空を見上げた。


「500万年たつと、19万キロくらい離れるんだって」


真斗は思わず起き上がった。


「19万キロ!?」


「うん」


「今の距離が38万キロくらいだから……」


「ほぼ1.5倍」


「結構遠くなるじゃん」


紗奈は小さく笑った。


「昨日、宇宙の動画見てたの」


「相変わらず変なの見てるな」


「変じゃないもん」


月は静かに浮かんでいた。


まるで、そんな会話を何度も聞いてきたかのように。


海の上に、月の光が一本の道みたいに伸びている。


「ねえ」


紗奈が言った。


「500万年前って、人間が生まれたくらいの時代なんだって」


「マジ?」


「正確には“人類の祖先”だけどね」


「じゃあさ」


真斗は海を見ながら言った。


「その頃のやつらも、この月見てたのかな」


「見てたと思うよ」


「洞窟とかで?」


「多分」


想像すると少し変な感じだった。


毛むくじゃらの祖先が、石を握りながら夜空を見ている。


その視線の先には、今と同じ月がある。


「500万年前の誰かが見た月と」


真斗は言った。


「今俺らが見てる月って、同じなんだな」


「うん」


紗奈は少し嬉しそうに言った。


「時間はめちゃくちゃ離れてるけど」


風が吹いた。


海の匂いが少し強くなる。


遠くで船の灯りが揺れている。


「じゃあさ」


真斗は言った。


「500万年後の人間も、この月見るのかな」


「見ると思う」


「でも今より遠いんだろ?」


「うん」


「ちょっと小さく見えるのかな」


「かもね」


二人は同時に空を見上げた。


月は何も言わない。


ただそこにある。


500万年前も、

500万年後も、

きっと同じように。


波の音が続く。


ざあ、ざあ、と。


「なんかさ」


真斗が言った。


「500万年って長すぎて、逆に実感ないよな」


「わかる」


「人間の人生って80年くらいじゃん」


「うん」


「500万年って、その……」


真斗は少し考えた。


「6万回くらい人生やってやっと届く時間」


「すごい計算」


紗奈は笑った。


「つまりさ」


真斗は肩をすくめた。


「俺たち、めちゃくちゃ一瞬」


「地球から見たら」


紗奈は言った。


「瞬きより短いかも」


二人はしばらく黙った。


海の上にできた月の道が、ゆらゆら揺れている。


「でもさ」


紗奈が言った。


「500万年後の誰かも、同じこと考えてるかもしれない」


「どういうこと?」


「『月って遠ざかってるらしいよ』って」


真斗は笑った。


「同じ会話してる?」


「うん」


「それちょっと面白いな」


500万年前の祖先。

今の自分たち。

500万年後の誰か。


全然違う時代なのに、

同じ月を見上げている。


「ねえ真斗」


「ん?」


「私たちさ」


「うん」


「500万年の真ん中くらいにいるのかもね」


その言葉に、真斗は少し驚いた。


確かにそうだ。


人類の始まりから500万年。

未来に500万年。


その真ん中に、今がある。


自分たちは、その途中にいる。


「なんか」


真斗は言った。


「壮大だな」


「うん」


「でも俺らの人生は80年」


「うん」


「短すぎる」


「うん」


紗奈は少し笑った。


「でもさ」


「なに?」


「その80年の中で」


紗奈は月を見た。


「同じ月を誰かと見る時間があるなら」


少しだけ間を置いて、


「それだけで、十分かも」


と言った。


真斗は立ち上がった。


伸びをする。


「じゃあ帰るか」


「うん」


二人は歩き出した。


防波堤の影が長く伸びる。


後ろには海がある。

前には街の灯りがある。


空には月がある。


その月は、少しずつ遠ざかっていく。


それでもきっと、


500万年前の誰かも、

500万年後の誰かも、


同じように夜空を見上げる。


地球は回り続ける。


月は離れていく。


そして人間は、その間でほんの少しだけ生きる。


500万年という時間の中の、


ほんの一瞬として。

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