第08話:ポコライオン1
それだ、それだそれだそれだ!!!!
私がとり蔵さんの役に立てるとしたらそれしかなーい!!!!
「もう少し待ってて下さいね、とり蔵さん」
カチカチッと私は慣れた操作で通話アプリのアカウントを、《ポコライオン》から《詞ノ葉 つづり》へと切り替えた。
「詞ノ葉つづり……。指差呼称よしっ」
画面を指差し、アカウント名を読み上げる。
これはSNSアプリを使う時に、誤ってプライベートアカウントで投稿しないよう会社から指示されている誤爆対策で、日頃から積み重ねている所作だ。
「よぉし……やるぞぉ……ふぅ~」
一瞬の沈黙を挟み、ゆっくりとマウスカーソルを〝マネージャー(葛城)〟と書かれたアカウントに合わせる。
チラリと確認した時計が示す時刻は深夜の一時半……大丈夫、まだ起きているはず……そんな確信をもった頷きと共に、私は通話ボタンを押し込んだ。
ペコンペコンッ♪
ペコンペコンッ♪
ペコンペコンッ♪ ── ペコッ。
「あっ、マネージャーさん、今ちょっと時間いいですか?」
〔はい大丈夫ですよ。珍しいですね、つづりさんからこの時間に連絡なんて。どうしました?〕
聞きなれた女性の声が、テッペンを回っているとは思えないハキハキとした明瞭な声色で返ってきた。
「すいません、こんな夜遅くに」
〔いえいえ全然大丈夫ですよ、タレントの皆さん的にはゴールデンタイムですからね我々も調整出来ています〕
「えっと……単刀直入に聞くんですが、サードアニバライブのチケットって今から一人分用意できたりしませんかね?」
〔ほう、それはどういう……〕
「じ、実はお母さんがライブに来たがってて、なんとかならないかなーって」
〔なるほど。ちょっと待ってくださいね〕
おっ?
正直どう転ぶか分からなかったが……この反応、絶対無理ってわけではなさそう。かな?
〔うーん……ちょろっと調べてみましたが、チケット販売は委託しちゃってるんで、あまりそういう融通は利かないかもしれないですね。販売開始前ならなんとかなったかもですが〕
「そ、そんな……そこをなんとかなりませんか?」
〔厳しいと思いますが、まぁダメもとで委託先と交渉してみましょうか〕
「あ、ありがとうございます!! 是非お願いします!!」
〔分かりました、えーっとじゃあ二日目のチケットが一枚ですね〕
「あ、いや違くて……」
〔ん? どうしました?〕
そ、そうだったー……。
私が出るの二日目じゃん。
そしてとり蔵さんが行きたいのは八重樫フューの出る一日目。
流石に一日目を下さいってのは怪しい……よね?
……いや、ダメもとでいっちゃえ!!
「欲しいのは一日目の方なんですけど……」
〔ん? どういうことですか? つづりさんの出演は二日目ですよ?〕
「いや、ちょっと事情があって。お母さんは一日目が見たいらしいというか……なんというか」
〔んー? ……つづりさんなんか嘘ついてません? 本当にお母様用ですか?〕
ぐっ……鋭い。
いや、普通に考えて無理ありすぎか……これ。
でもやるしかないよね、とり蔵さんのためにも。
「えーっと……すいません。嘘ついてました、チケットを欲しいのはお母さんではなく、知り合いでして……抽選は外れてしまったのですが、どうしても一日目のライブを見たいらしく」
〔はぁ……ご友人ってことですか? ダメです、万が一バレたら炎上しますよ?〕
「お願いします!! そこをなんとか!!」
そう、なんとしてもここは粘らねば……。私がとり蔵さんの力になれるなんて、こんなことしかないのだから。
〔ふむ。珍しいですね、つづりさんがそこまで感情的になるなんて……ちなみに、どういうご関係のご友人なんですか?〕
「ゲーム仲間の……男────〔却下〕」
全てを言い切る前にマネージャーさんはピシャリと私の言葉を遮った。
〔絶対にダメです。もしかして彼氏ですか!? いないって言ってたのに……ちゃんと連絡しておいてもらわないと困りますよつづりさん、こちらもリスクヘッジで色々と────〕
「いやいやいや!! 違くて、まだ全然彼氏とかじゃなくて!!」
〔まだ?〕
「っ!? 違くて違くて!! 今のは言葉のあやで!!」
〔ふーん……。まぁどのみち〝ただの知り合い〟にというのは無理ですね、それに男ならなおさら〕
「ただの知り合いじゃないです!!!!」
それはそれは自分でも驚くほどの声量だった。
〔!?〕
「……大事な人なんです」
そう……私の中でとり蔵さんを〝ただの知り合い〟というカテゴリに括るのは難しかった。親友という言葉ですらまだ足りない……それ程までに私にとって彼の存在というのは大きいのである。
〔何か訳ありというわけですか……ふむ。では詳しく聞きましょうか、話はそれからにしましょう〕
「その人は私の恩人といいますか……」
〔恩人? ですか〕
「はい、私が今ヴァー学でVtuberを続けていられるのはその人のおかげなんです……。初めて交流を持ったのはそうですね、マネージャーさんが新しく私の担当になった時とおなじくらいの一年前でした ────」
◇◆
ヴァーチャ学園を運営する会社、ヴァヴァー株式会社の所有するスタジオの中で一人の中年男性の声が響いた。
「えー、ヴァー学の皆さんには。これから定期的にFPSゲームをやってもらいます」
男性の声に合わせ、その場にいた十数名の女の子達全員がどよめき、混乱の表情を見せる。
「えっ、全員強制ってことですか?」
「はい。時間は拘りませんがノルマとして週一回は配信してください」
「そんな、FPSなんてやったことない子達もいますよ?」
「これは経営の判断です、可能な限りタレントの皆さんには守って頂きたい────」
ちょんちょん ────。
周りの子と同じように驚き、硬直していた私の右肩を、細い指が小突いた……。
「FPSってヴァペとかってことだよね? だったらあーしはいいけど、綴音はきつくない? 全然やったことないっしょ?」
「う、うん……。FPSなんて触ったことないよ……どうしよう冬華」
小声で話しかけてきたのは、隣に座っていた同僚……八重樫フューこと、友人の古戦場 冬華だった。
「任せて、今度あーしが教えてあげる。綴音とのコラボけっこう人気だし、配信でやればノルマも達成できて一石二鳥っしょ☆」
「う、うん。ありがとう冬華……でもできるかなぁ……私」
「大丈夫大丈夫、綴音はゲームセンスあるからすぐ上手くなるって」
ゴホンッ────。
「えー、フューさん。つづりさん。すいませんがちょっとお静かに」
「「あ、ごめんなさい」」
「詳しくはまた別途説明しますが、これからヴァー学はアイドル路線を維持しつつ、e-Sports業界にも進出したいと思います。目指す姿は〝なんでもできるバーチャルアイドル〟です」
その場にいた社員さんがタレントの皆に配っていた資料には、e-Sports業界の市場規模や有名タイトルが書かれていた。
確かに、星の数程いるといわれているVtuber市場は最近サチり気味で、特にアイドル路線のみでここまでやってきていたヴァー学が、業界最大手と言えども新規のリスナー獲得に悩んでいるというのはタレントの私も肌で感じていたことである。
良くない。
こういう大きな方針が出る時は、決まってよくないことが起こる。
また方向性の違いで辞める子がいないといいけど……。
そんな不安が脳内をよぎった。
「フューさん、ヴァペックス教えてください」
「ワタクシもお願いしますわ」
「あ、ズルいウチも!」
「────」
そんな私のモヤモヤとは裏腹に、ヴァー学の皆は今回の件についてはポジティブな反応を見せていた……。
「また、これからは他箱や配信者とのカジュアルな大会にも出てもらうことになります。今一層忙しくなりますから皆さん気合いれてお願いします!!」
「「「「はーい!」」」」
そして、その通達があってから私の……詞ノ葉 つづりの配信生活は一変した。




