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第07話:裏ルート


〔お、きたきた!! いやー、とりぞう。最高の日だな今日は!!〕

〔とりぞうさんこんですー。ちょっとうるさいですよ、ジョン松さん〕


「……ぉっかれ」


 テンションがバカ高いジョン松と、いつも通りのポコライオンさん。そして、いざ通話に参加してみたものの、現状のメンタルは通常運転とすら言い難く……のっけから二人の会話についていける気がしていない俺。


〔んだよ、とりぞう。テンション低、ってまさか〕

「あぁ……外れた……」


〔えっ!? そんな……〕

〔うわっ、まじか……〕


 精一杯元気を絞りだそうとするが、一滴の雫すら出てきやしない。


 そんな乾いたボロぞうきんのような心が生み出すリアクションは、案の定二人の気分も下げてしまったようで……今の俺はネガティブをばら撒く文字通りの陰キャだった。

 

 終わってんな。


 フューたんの歌に励まされ、ある程度は気を持ち直していたと思ったが。それは結局俺の中での話だったようで、マイナス100がマイナス50になっただけ……。


 二人の反応を前にすると、いかに自分が落ち込んでいるのかを客観的に見ることができた。こんなにヘラってる奴がいたらさぞやりにくいことだろう。


 ここは二人のためにも落ちるか。


「ごめん。俺がいると盛り下がっちゃうよな、今日は抜けとくわ」

〔待て待て待て待て! 待てって! とりぞう

〔ちょ、ちょっと待ってください! とりぞうさん〕


 それは痛みを伴うほどに鼓膜を震わせる迫真の呼び止めだった。


 退席ボタンへマウスカーソルは重なっていたが、人差し指はそれをクリックをすることなく空中で停止する。


〔まじですまん!! ちょっと喜び過ぎだったなオレ〕

「いや、それは気にしないでくれ。俺も当選してたら絶対お前と同じテンションだったと思うし……むしろマジでおめでとうだわ、良かったなジョン松」


〔うっ……とりぞう、お前いいやつすぎだろ。ま、まぁあれだ、会場限定のグッズは俺が買ってきてやるから任せとけって!!〕


「ありがとう。助かる」

〔おう!! 例のリスト送っといてくれ、まぁ推しトーク券だけは無理だけどな〕


〔ちょっとジョン松さん!!〕

〔あ……すまん〕


「推しトーク券か……ライブチケットすら当たってないのに滑稽だよな俺、原稿まで作っちゃってさ……ははは」


 二人にも意見を貰おうと手元に準備していたトークデッキの原稿。びっしりと文字の書かれたこのA4用紙は、もはやただのゴミにしか見えなかった。


 ビリビリビリィッ。


〔えっと……〕

〔おい、それ徹夜で考えてたんじゃっ……〕

「悪い、ミュートにしてから破れば……不快だったよな」


 はぁ。まじで何やってんだろ俺。

 これのどこが完璧で無敵な人間だよ。

 結局メンタルくそ雑魚のオタクじゃないか。


〔だ、大丈夫大丈夫。つーかあれだよな?! ふざけんなよって感じだよな?! とりぞうが当たらなくて、どのパシリスが当たってんだって話だろ。ちょっと俺、抗議文送っとくわ〕


〔そ、そうですよ!! 私も運営に言っておきますっ〕


「はは……二人共ありがと」

〔じゃあ気を取り直してヴァペるか?〕

〔ですねっ、ウィンナー取って忘れちゃいましょうっ〕


 あまりにも温かすぎる二人の励まし……。


 とはいえ俺の取り繕ったこの笑顔が、些細なことで崩壊するほど脆いことは理解していた。こんな状態でゲームをして、二人にまたネガティブオーラをばら撒いてしまうことは本望ではない。


「わ、悪い。ちょっと今日はヴァペはやめとこうかな」

〔おいそんなこと……ってきついか。まぁそうだよな。オレも落選してたら一週間は寝込んでると思うわ。むしろすげーよとりぞうは〕


「はは……。さっきまではもっとネガってたんだけどな」

〔とり蔵さん……〕


「ちょっと立ち直るのは時間かかりそうかも。せっかく取った有給も返上だし、あ~あ、もういっそ仕事に没頭しようかな。なんて」


〔ちょいちょい!! フューたんの配信どうすんだよ〕

「そりゃあもちろん見るけど。暫くは皆、ライブの話だろ? けっこう精神的なダメージは覚悟だな」


〔た、確かにそうだな。今でも雑談配信とかライブの話ばっかりだし、とりぞうにはきついか……〕


 ライブまでの期間、恐らくヴァー学の配信は皆レッスンや準備の話になるだろう。さらにライブが終わったとしても、しばらくはその感想回が続くはずだ。


〔そ、そういえばライブって配信もあるんじゃなかったでしたっけ? それなら抽選もなさそうだし配信で見るってのも ──── 〕

〔分かってねぇなポコライオン、現地と配信じゃ天と地の差があるってーの。ライブとか行ったことねぇの? あの熱量は動画じゃ伝わらんて〕


〔そ、そうですよね……すいません〕

「いやいや、謝らないでよポコライオンさん。ありがとう、そうだよね配信があるよね」


〔……。いえ、私も軽率でした……でも一つだけ、これはだけは言えるんですが……フューさんからしてみればきっと配信で見てくれているファンも、現地で見てくれているファンも、同じくらい大切な存在だと思います〕


「…………」


〔おぉ、そうだよな!! いいこと言うじゃんポコライオン〕


 『フューたんからしてみれば……』彼女のその言葉に、俺は真理を垣間見た気がした。


 以前、愛とは何かを考えたことがある。恐らく誰もが一度はあるのではないだろうか? 


 その際の結論、まぁネットの海から拾ってきた他人の哲学なのだが……俺は愛とは〝見返りを求めない自己犠牲〟だと定義づけた。


 相手の利益だけを考え、自分の利益や感情は後回し。つまり究極の献身こそが愛なのだ。もっと分かりやすく言えば、俺の全てがどうなろうと〝フューたんさえ笑っていればそれで良い〟のである。


 では、今回俺がチケットを外したことはどうだ? 何か関係があるのか? いやない。俺がフューたんを愛しているということに微塵も関係がない。

 

 バカだな俺。


 立っているステージが低すぎた。視座を上げろ、落ち込む理由がどこにある? むしろこれからやるべきことしかないだろ。


 パンッ!!


〔とりぞう!?〕

〔とりぞうさん!?〕


 両手で叩いた頬に伝わるジンっとした痛みが、背筋をスッと伸ばさせた。


 よしっ、ネガティブはここで終了だ。


「気合い入れ直した!! 配信側は俺が盛り上げてやるぜ。ありがとうね二人とも、目覚めたわ」


〔おうっ、その意気だ。流石とりぞう

〔よかった……元気が戻って。とりぞうさんがヴァペやらなくなったら私、どうしようかと〕


〔へぇ、それはどういう意味だよポコライオン〕

〔ふぇっ!? い、いや、えっと……ほらっ!! だってとりぞうさんいないとジョン松さんと二人になっちゃいますし〕


〔え、なんかその返しはちょっと火力高すぎない? 俺いま、アシストしたつもりなんだけど〕

「ははは、確かにそれは俺も嫌だわ」

〔おい、とりぞう。この野郎〕


〔ぷっ〕

〔ぶわっはっは〕

「はははっ」


 先ほどの取り繕った笑顔ではなく腹の底からでた笑い。どうやら沈んでいた気持ちは完全復活を果たしたようで……。落選発表時に狼狽えていたあの間抜けさを思い出し、追加の呆れ笑いまで出てきた始末だ。


「てか聞いてくれ、落ちた瞬間パニクってさ、SNSで転売ヤーからチケット買おうとしてんの俺」


〔まじ?! それ絶対やったらダメなやつな。つか、今は本人確認厳しいから無理だろそれ〕

「そうそう、もう頭真っ白になってさ。アホだよな、どうにかしてチケットを手に入れられないか考えたんだが、あるわけなかったわ」


〔それこそ運営側の人間じゃないと無理だろ。あーでも、タレントの身内とかってチケットどうなってんだろうな、母親とか。タダで貰えたりして?〕


 ジョン松の素朴な疑問に、俺が「確かに」と相槌を打とうとした時だった。


〔それだ!!!!!!!!!!!!〕


 ふぁっ!?


〔うぉっどうしたポコライオン〕

「ポコライオンさん!?」


 こんなに感情を出したポコライオンさんの声を初めて聞いた俺は、一瞬体がビクッと跳ねあがった。


〔ちょ、ちょっと私離席しますね!!!!〕

〔えっ? おいっまじでどうした急に!?〕


 ペコンッ♪


「おっと……落ちたね」

〔謎過ぎる……どうしたんだあいつ〕

「分からんけど、なんかトラブルとかではなさそうだったよな?」

〔あ、あぁ〕

「ちょっと待つか」

〔だな〕


 ──────


 ────


 ──


「配信でライブ楽しむ作戦でも練ろうかな。ジョン松、何かアイディアくれ」

〔そうだなー。当日、オレがカメラに映るか探すとかどうよ?〕


「いや。俺、お前の見た目しらんけど」

〔んなもん身に着けてる物全てキア嬢一色でテンション爆上げの奴がいたらオレだ〕


「けっこうそういうファン居ると思うぞ……」


 そう、アニバーサリーライブは歴戦の猛者が集まる祭典。推しグッズを身に着けているくらいではさほど目立ちはしない……筋肉ムキムキのマッチョから、超絶美人なコスプレイヤーまで多種多様なオタクでごった返すのだ、ちょっとやそっとのグッズコーデじゃ森に生えた木と一緒である。


〔そうだな……なら丸坊主にして頭に〝キア嬢〟って剃りこみ入れていくわ〕

「まじで言ってる?!」


〔おおまじよ〕

「お前がナンバーワンだよ、ジョン松。その愛があればきっと推しトーク券も当てれるさ」


〔いやいや、残念ながら愛だけではどうにもならんことはお前が証明してるんだわ。とりぞうのフューたん愛に勝てるファンはそうおらんて〕


「それは……確かにそう……か。残念だったなジョン松、推しトーク券」

〔いやまだ外しとらんけどな〕


──────


────


──


〔帰ってこねーな、ポコライオン〕

「だな。ちょっと心配になってきた」


〔まぁ大丈夫だろ、もう遅いしDMだけ送って寝ようぜ〕

「んー、まぁ俺はもうちょっとだけ待っとくわ」


〔うーい、じゃあオレは寝るわ、お先~〕


 ペコンッ♪


 とりあえず俺もポコライオンさんにDM送ってっと。


 『大丈夫ですか 』──── って、おっ?」


 ポコライオンさんにDMを打っていると、まさかの彼女から俺宛てにDMが届いた。


 『とりぞうさん、今から少し個通してもいいですか?』

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