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第04話:ライブの準備


 気がつくと登録チャンネル欄の配信者数が……


 一人から二人になっていた。


「や、やっちまった……」

〔とりぞう、お前さっきから何言ってんの〕


「いや……なんでもない」


 違う違う、違うって。


 これはフューたんを推すためであり、決して浮気ではない!!


 そもそもこの世の中に、他の異性を〝見た〟というのが浮気の閾値しきいちになっている人間などおるまい。


 そんなことをいったら恋人がいる男女は毎日浮気しまくりである。すれ違う人々が皆、不貞ふてい行為の相手になるなんて……そんな世界が認められるわけがない。大丈夫、法は俺の味方だ。


「・・・・・・」


 なんて言い訳をつらつらと呟いたとしても、心の底にくすぶる「フューたんを裏切ってしまったのではないか?」という焦燥感はチクチクと胸の辺りを刺激していた。


 よし……耳だけだ、耳だけにしよう。


 声を聞くだけならもうそれは絶対に浮気じゃないさ。まぁ、コメントをちょろっと眺めるくらいはいいよな?


 俺は焦燥感を謎理論で抑え込み。耳はつづりんの声に、目はコメント欄へと傾けた。


〔:右肘と左肘ってくっつく? ──── ってさっきからこの質問はなんなのでしょうか? 多分くっつきま……〕


: つづりん罠だ!!

: やめといたほうが...

: つづりんそれはダメだ

: 質問したやつナイスすぎるw

: どう転んでも俺はつづりを愛す


〔くっつき……ぐっ……んーっ!! くっ、くっつかない……えっと、これって身体の硬さチェックとかです?〕


: うぉっ

: 一生ついていきます

: 綴り手でよかった

: 拙者は小さい方が

: へー、つづりはつかないのかぁ


 うん、めっちゃ内容が気になる。


 これ見るの我慢できる男いなくない!?

 なんてこと質問してんのこの人達。


〔おーおーセクハラしてんなぁ、リスナーの野郎共〕

「パンツのこと聞いてたお前が言うな」


〔ぐっ……実はオレもそっち側の人間だったってことか……〕

「白々しいわ」


〔けっ……。クールぶってるけど、結局とりぞうもガッツリ見てんじゃないのぉ?〕

「は!? な、何がだよ」


〔このぺぇで清楚は無理があるよなぁ?〕

「ばっ、はっ!? 意味わかんねーし」


〔ははっ、やっぱお前も巨乳好きか。とり蔵〕

「・・・・・・。ノーコメントでお願いします」


〔それは答えてるようなもんだぜ相棒。まぁフューたんもそうだもんな?〕


 はたしてコイツが何を言っているか皆目見当はつかないが……。いつのまにか俺の瞳は、つづりんの胸の動きに合わせて上下に泳いでいた。 


 メロンが二つ……っていかんいかん俺にはフューたんが。

 

〔それに肘がつかないってことは、魂まで巨乳ってことだべ〕

「魂とか言うのやめろな?」


〔いやいや止められねぇだろ、憧れってやつはよ。つか、お前もフューたんの魂くらい想像したことぐらいあるだろ?〕

「ばっ、そんな……こと。………まぁ、ある。悔しいが、一ミリだけ認めよう」


 魂、すなわちVtuberを演じている中の人間について言及するのは派閥の別れるところである。


 そこまで入り込んでのコメントは極力控えた方がいい、というのが俺の基本的な意見なのだが、気になるものは気になる。本能には抗えまい。


〔かっかっか。素直でよろしい……。おっ、話題がライブのことになったな〕


────


〔:ライブの準備はどうですか? ──── やっぱり皆さん気になりますよね。もちろん最近はダンスレッスンとかボイトレとかとても忙しいです〕


「やっぱそうだよなー。フューたんも配信頻度減ってるもん」

〔なー。三周年記念だし気合入ってんだろうな〕


〔スケジュールはギュウギュウでパンパンなのですが.....つづり手さん達のためなら頑張れます。サードアニバーサリーライブ絶対見に来てくださいね〕

 

: 本当お疲れ様だよー

: ちゃんとレッスンいけて偉い

: ギュウギュウでパンパンってなんかエロくね?

: もちろん絶対いくよー!!

: 最古参綴り手として参加させていただきます


〔ふふふっ。つづり手の皆さんにチケットが当たりますようにって願っておきますね。あっ、もちろん他の子を推してるリスナーさんにも当たりますように......〕


 もはや普通に配信画面を見てしまっている俺。


 そこではつづりんが両目を閉じ、リスナーに向けて手を合わせてくれていた。 


 良い子過ぎるっ!! 女神か!?


〔か、可愛い……〕

「おまえ……キア嬢に怒られるぞ」


〔ひっ、すいませんお嬢!! すいません、すいません〕


 ゴッ、ゴッっとイヤホンに入る謎のノイズ。


 きっと昔、自慢していた夢堕キアの等身大タペストリーに土下座をしているのであろうジョン松をよそに、雑談配信はライブの準備のことでかなりの盛り上がりを見せていた。


 そんななか、ふと俺の目に止まった一つのコメント。


: 抽選前だけど既にホテル取りました!!

 

「そうだ、ジョン松。お前、当選したら前泊とかすんの?」

〔あー考えてなかった、確かに一日目だとそうした方がいいな。朝早いし〕


「まぁ俺は会場近いからなんとか行けるけど。ジョン松は辛いよな」


 記憶によると、確かジョン松が住んでいるのは九州のはずだ。こういうイベント系は殆ど関東圏で開催されるから地方民は本当に大変だと思う。

 

〔ずりぃなー都民は。でもあれだな、とりぞうも前泊したらどうだ? ライブ前夜のホテルに泊まる非日常感、いいぞー? 一緒に泊まらね?〕


「うわっ、ちょっとアリだなそれ」

〔だろ? ホテル取っといてやるよ、任せろ〕


 趣味という趣味はなく、フューたんの配信を見ることとヴァペの練習のみに全てを捧げてきた俺……幸い有給休暇は余りに余りまくっている。それにイベントは土日だ、この際前後に休みを繋げて四連休ってのもありではなかろうか。


「ちょっと週明けに有給申請してくるわ」

〔いいじゃんいいじゃん。盛り上がってきたな、部屋は……安いとこでいいよな?〕


「全然おーけー」

〔ほいよー……っとこれでOK。つかどうするヴァペは?〕


 先ほどまで睡魔が子守歌を歌っていた頭の中は、ライブトークでアドレナリンがドバドバと巡っておりバキバキに覚醒状態……寝る選択肢はない。そしてこの流れでゲームというのもちょっと違う気がした。


 ライブといえば……そうだな……。


「もうそれどこじゃないだろ。ちょっと今からコールでも練習しようかな」

〔それは気が早くないか?〕


「甘いな、ジョン松よ。最古参パシリスの俺が、万が一にもミスるなんてこと、あってはならんだろう?」ギィ。


 席を立ち、デスク向かいにある五段構成の収納棚へと足を運ぶ。


 アクリルスタンドに、1/8スケールフィギュア、ぬいぐるみやマグカップまで。上から下まで隙間という隙間が存在しないその棚の全ての段は、ひとりのキャラクターで埋め尽くされていた。


 どこへ視線を動かしても必ずその子がいるという聖域。


 もやは棚ではなく、八重樫フューのミュージアムと呼ぶべきそこから一本のサイリウムと、一枚の歌詞カードを取り出し、俺はベッドの上へと飛び乗った。


「よし、まずはフューたんの1stシングル『メリケンサックる -彩凶-』から復習だな。私は究極で最強の〜♪ えぇっとここでサイリウムの色を……」


〔ぉーぃ〕


 デスク上のイヤホンから、まるで1km先にでもいるかのようなジョン松の声がわずかに漏れてきた。


〔ぉーぃ……勝手に練習はじめんなー!!!!〕

「あ、すまんすまん、スピーカーに切り替えるわ」


〔いや、コールの練習は一人の時にやれよ。それより当日のグッズ購入計画とかのほうが実があるくね? 互いに確認しよーぜ〕

「た、確かに!! ジョン松、お前天才か」ガタッ。


 俺は持っていたサイリウムと歌詞カードを枕元へ放り投げ、再度グッズ棚から一枚の紙を引っ張り出した。


「実はな、もうほぼリスト出来上がってるんだわ」

〔へぇ、何買うん?〕


 ジョン松の問いに、A4用紙にびっしりと書かれた〝絶対買うものリスト〟を上から順に指でなぞりながら読み上げていく。


「まずアクリルパネルだろ、これは全員バージョンとフューたんのやつどっちもな。んでタペは絶対買うし……いやこのタペやばくね? まじフューたん可愛すぎ。それにTシャツだろ? これは買ってすぐ着たい。あとは……タオルも必須っしょ? そしてマウスパッド、俺おっぱいマウスパッドって使ったことないんだけど実用性どうなんだろうなこれ────」


〔お、落ち着いてくださいお客様。オタクが滲み出てますよ〕

「あ……悪い、飛ばし過ぎた」


〔ぶわっはっは、まぁ気持ちは分かるわ。つかおっぱいマウスパッドの実用性ってなんだよ、もちろんFPS的にってことだよな?〕


「あ、当たり前だろ!! えーっとどこまで言ったっけ……うわっそうだこれ。缶バッチがランダムなんだよなぁ。ジョン松、協力してくれ」


〔はいはい、お前もキア嬢の出たらくれな?〕

「おう、任せとけ」


 その後、追加で十数種類のグッズを読み上げた俺。


〔計画っていうか、ほとんど全部じゃねーか。まぁ俺も似たようなもんだけど〕

「流石だ戦友。あとは最後に……これだけは絶対買いたい、というか当てたい......」


〔推しトーク券だろ!? だよなぁ!! まじやべー既に緊張してきたかも〕


 ジョン松が興奮して声を荒げたグッズ、推しトーク券。


 この券は、専用の個室でヴァー学のメンバーと画面越しに五分間も自由に話せるという、全オタクの夢と希望と……欲望を叶えてくれる究極のグッズだった。


 当然入手難度はゲロ高く、会場限定かつ抽選で百名限定購入という狭き門……俺のようにフューたん単推しで、相手を指定するとなると、こと更に鬼門である。


 だが俺は確信していた……フューたんの参加型配信で三年間一回も参加できず、溜めに溜めた運はここで発揮されるのだと。


「ジョン松すまん!! やっぱ俺はもう落ちるわ。フューたんと五分間何話すか、いまから秒刻みで原稿作るから」

〔ぶっ!! まじで当てる気かよ。 お、おう分かった......頑張れよ〕


 それから俺の週末二日を潰す徹夜作業が始まった。

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