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第25話:彼ピッピGET大作戦1


 題して『清楚な図書委員のお出かけコーデ』というところだろうか。


 土下座状態から見上げる俺の視線が、焦茶こげちゃ色のローファーを通り……膝上まで敷かれた黒いニーハイソックスを通り……神々しい黄金の領域で一呼吸する。


 カーキ色のハーフパンツに重なるグレーのニットベストは胸部が大きく盛り上がっており、その標高は計り知れなかった。


「(でっ……k……)」


 たわわとそびえ立つその山脈の頂を望んだ先で、俺は再度息を呑んだ。


「(か、かわぃぃ……)」


 艶のある黒髪。そのパツっと切られた前髪の下、長い睫毛の影は真っ白な頬に落ち、目じりの垂れた伏し目がちの瞳が鮮やかな緑の光を灯している。


 奥ゆかしい佇まい……まるでおとぎ話の世界からでてきた〝現代版かぐや姫〟という公式プロフィールの謳い文句がピッタリと当てはまる彼女は、画面の中で見ていた詞ノ葉 つづりそのものだった ────


「いや、てか……まじ、で?」

 

 つまるところ今、俺の目の前には『八重樫フュー』と『詞ノ葉つづり』という決して三次元には存在しないはずの二人がいた。


 はたしてこれは一体全体どういう状況なのか? 

 疑問はすぐに確信へと変わる。簡単だった。


 なぜならばこの青天の霹靂へきれきのような出会いの直前に、既にこちらの金髪ギャルからネタばらしをもらっていたからだ。


〝コスプレイヤー〟


 そう、この二人はヴァヴァー公式のレイヤーさんなのだ。圧倒的クオリティも納得、声まで似せているのは筋金すじがね入りすぎて脱帽ものである。

 

「れ、れいやー?」

「あ、うん綴音つづね。説明がめんどいからそういうことにしといて」

「へっ? いやいやいや、全然意味が……それにこの土下座してる人は……」


 フューたんに向ける表情と打って変わって、汚物でも見るかのように眉間へしわを寄せ、俺を見下ろしたつづりんのレイヤーさん。口からは「えぇ……」といった音が漏れており、明らかにドン引きしている。


「あーしがアイコぶっかけちゃったお兄さん。ここで初めて出会ったんよ」

「ん?ん?ん? かけられたじゃなく?」


「いや、あーしがかけちゃったの。ほら、お兄さんの服見ればわかるっしょ」

「え、じゃあなんで今この人は土下座してるの?」


「うーん、それはあーしもよく分かってない」

「はぁ?」


 両手の平を上に向け「ワケワカメ☆」と首を傾げるフューたんからも奇異な視線が向けられた結果、俺は二人の美女から困惑した顔で見下ろされていた。


 なにかゾクゾクと新たな扉が開く気配を感じ ──── いや、全力で閉じさせてもらおう。もう俺の性癖キャパはパンパン、そういうマゾ気質なものまで入る隙間などない。


 じゃなくて……。


 フューたんの公式レイヤーさんに「貴様」だの「転売ヤー」だの、大変な失礼をした挙句、つづりんのレイヤーさんにもこの醜態を見られてしまっている。


 とりあえず謝り倒したのちに、誤解を解くしか俺に助かる道はあるまい。


「ほ、本当にすいません。勘違いで大変失礼なことを言ってしまって」

「ん? あー転売ヤーとかって? いいよいいよ全然、気にしてない……ってかお兄さんの熱量に笑っちゃったし。めっちゃヴァー学好きなの伝わってきたからむしろ嬉しい」


 にししっ、とフューたんと同じ笑い方をする彼女は女神すぎた。この子が公式である理由を分からされてしまう……。やばい、彼女いない歴=年齢の童貞には刺激が強すぎるって……お、堕ちちゃう。俺、この子に堕ちちゃうよ。


「………」

「ん? どしたん綴音?」

「いや。なんでも……」


 煌めくフューたんスマイルの横で、つづりんのレイヤーさんはコチラを睨み続けていた。


 人となりを見定めているような鋭い視線が……き、きつい。


 今のニヤケ顔を見られたか? いや、そもそも初対面でいきなり土下座をかましているパッとしない陰キャ男の第一印象というのはいったいどれ程までにマイナス点がついているのだろう。


「…………」


 ありとあらゆる弁明の言葉を考えてみたが、一切の好転は見込めなかった。ただただ気まずい沈黙……。


「あーそっか。お兄さんごめん。この子、男の人が苦手で。ってかもう土下座はいいから、あーしらまで恥ずいって」


 ガクブルと震える俺の前に、そのまんまの意味で、スッと救いの手が差し伸べられた。


 ついでにこの場から逃げる言い訳まで……ありがとうフューたん。のレイヤーさん。


「あ、そ、そうなんですね……な、なるほどー、ははは……じゃ、じゃあ俺はお邪魔かなー……もう戻りますね、それではー……」


「い、いや冬華そうじゃな ────」

「ピカーン!!  いいこと思いついたぞ☆ 綴音、このお兄さんで慣らしといたら?」


「は?!」「ん?」


 パンっと手を叩いたフューたん。のレイヤーさん。

 その顔には、何かを企んでいるような笑みが浮かんでいた。


「いやね、お兄さん。今日この子、彼ピッピ候補……片思い中の男に会うんですよ」


「はぁ……?」

「ちょ?! 何言ってるの冬華!?」


 かぁっと顔を赤らめたつづりんのレイヤーさんの瞳が見開かれる。


「いいから、いいから。その人のこと今みたいに睨んでたらマズイっしょ? このお兄さんと少し会話して本番前のウォーミングアップしときなって」

「いやだから違っ 「まぁまぁ」」


 ぽんぽんとフューたんに肩を叩かれ、つづりんのレイヤーさんはオロオロと目を泳がせた。


 はて……。全く状況は掴めていないが……。


 一つだけ理解できたのは、こんな美人に想いを寄せられている超絶羨ましい野郎がこの世のどこかにいるということぐらいか?


「お兄さんも、いいっしょ?」

「えっと?」


「今からちょろっとこの子とお話してくれません?」

「それはどういう……」


「だーかーらぁ、この子の恋が上手くいくように協力してってこと☆」

「えぇ……」

 

 そしてどうやら俺にはその選ばれしモテ男のために、踏み台になれということらしい。


 なんだよこのあまりにも悲しい格差……。つかこんな可愛い子に好きって言われて断る男なんていないだろ、踏み台要る? さっさと告れ案件でしかない気が……。


 なんて不満が顔に出ていたのかもしれない。


「むぅ何その顔、さっきのは許してあげるからさ……ってアイコぶっかけたあーしが言うのも変だけどね、にししっ」


「もうっ、だから冬華そんな勝手に……」

「いやいや綴音つづね、相手は強敵なんでしょ? 準備は大事だって?」


 話の流れからは想像できない異質な言葉に、そろりそろりとその場から離れようとしていた足を止め、つい俺は反応してしまった。


「強敵?」

「あ、お兄さん気になる? その人、凄い鈍感らしいんですよ。それになんかゲームとVtuberにお熱で全然興味もってくれない……んだよね?」


「ちょっと冬華、話しすぎ!! ま、まぁそうなんだけど……」

「なるほど」


 なんだそいつ、やめてくれぇ……。こんな可愛い子を放っておいてゲームとVtuber? そういうのは俺みたいな非モテ陰キャオタクだけにしといてくれぇ……。リア充がこっちの世界に入ってきたら引け目で鬱になるわぁ……。


「そういう訳だから、お兄さん、力貸してちょ? ねっ、お願い☆」

「い、いや……」

 

 今まで画面の中でしか見たことがなかったあのウィンクが、俺のハートにダイレクトアタックをかましてくる。


「ちょっと冬華、この人も困ってるって」


 チラリとこちらを見たつづりん。だがすぐに目は逸らされてしまう。


 つづりんのレイヤーさんの方は乗り気じゃなさそうなのだが……。一方的にフューたんが企画して、それに引っ張られるという関係性も二人にソックリだった。


「えーっ、なら一緒にランチするくらいならいいっしょ? ねぇお兄さん」

「いや、それは」

「むー、ダメなん? いいじゃん、食べようよー。もしかして彼女さんとかと待ち合わせだった? でも一人で食べてたし……違うか」


 グサリと刺さる一言。


 だがそんなことよりなにより彼女、このグイグイくる行動力までもがフューたんそのものすぎた。


 まずいですよ!?

 俺がフューたんのお願いを断れるわけないじゃん!?

 まぁレイヤーさん……いや……。


 先ほどからずーっと勘違いさせられ続けてきた脳の錯覚はもう止まらない。

 今この瞬間。俺の中で目の前の彼女は、完全に八重樫 フューとして認知されていた。


 ならばパシリスとしての使命は一つ。

 高蔵寺こうぞうじ 十理とおりやります!!

 踏み台にならせて頂きます!!


「ちょ……ちょっとだけなら……」

「ハイッじゃあ決まり☆ 綴音つづねの彼ピッピGET大作戦、開始でーす」


 くそぅ……感謝しろよ、どっかの鈍感野郎。

 お前の将来の彼女はクソ可愛いぞ……。

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