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第23話:聞いてたよ~☆

 

 静寂は暫く続いた。


 幾度かセリフを脳内で反芻はんすうするも、理解の及ぶ粒度にはかみ砕かれない。


 ──── つづりさんは来ちゃダメですからね


 えっと……?

 来ちゃダメっていうのは、行っちゃダメってこと?(つづり構文)


 つまり、とりぞうさんに会えない?


 いやいやいや?!?!

 そんなの、それがダメだよ。

 意味がわからないって。


「えっ!? なんでですか!? 私が紹介したんだから当然一緒に行くものだと」


「ふむ……やはりそうきますか。でもダメです、契約を結ぶまでは詞ノ葉 つづりとして会わせるわけにはいきません」


 こちらに向けてトントンっと叩かれるタブレットにはNDA(秘密保持契約)の文字があった。


「いやっ、なら契約を結ぶために会うわけですからいいじゃないですか。むしろ正体を明かすタイミングとして完璧だと思いますけど?」


 会社の情報は外部に漏らしてはいけないという秘密保持、だが今回とり蔵さんは業務委託という形で一時的に会社外部ではなく内部の人になる。


 そう、私の正体を知っても良い人間に。


 至極真っ当な反論だと思った。だが葛城さんの表情は堅く、冷たいままだ。


「私が見て相応しくないと判断した場合は採用できませんし、とり蔵という方が契約に合意するという保証もありません」


「そ……そんなことは……ないですよ!! とり蔵さんの実力は十分ですし、絶対契約すると思います。なんたってチケットがかかってるんですから」

「すいませんが、これは経営の判断なんです」


 葛城さんは頭を抱えるようにして目を伏せた。どこか気まずそうな顔……ここ最近、私は何度かこの顔を見たことがあった。そしてそのどれもで最後に落ちてくるのは同じ言葉。〝経営判断〟


「・・・・・・」


 私はこの経営判断にずっと納得がいっていない……、秘密保持契約についてもだ……それは葛城さんも先ほど突っ込んでいたコト ────

 

「で、でも変じゃないですか。そんなに身バレを避けてるくせに、アバターは私そっくりに作るなんて……会社はバレるのを覚悟でやっているとしか思えないんですけど」


 そう、明らかな矛盾。そんなに隠し通したいのなら全く別のガワを作るべきなのに。


「えぇ。正直バカとしか言いようがない話なのですが、ある極秘のプロジェクトが動いてまして……すいません。今はこれくらいしか、まぁ近いうちにつづりさんとフューさんにはお伝えすることになると思います」

「……むぅ?」


「まぁいいじゃないですか。逆に言うと契約を結びさえすればバレても良いということなんですから数日待つくらい。自信があるのでしょう? 彼の合格に」

「ぐぬぬ……」


 くそぅ。せっかくとりぞうさんの顔を見れるチャンスだったのに。おあずけか……。


「といいますか普通にプライベートの恋愛は禁止していないんですから、花見月はなみずき 綴音つづねとして仕事以外で会えばいいじゃないですか? 私は何も知らなかったフリをしますので」

 

 いや……。


【それはダメ】


 葛城さんの言葉に、心の中で何か黒いモヤがズキンと疼いた気がした。


「全然、そういう話にならないんですもん……。彼、口を開けば八重樫フューか、ヴァペックスの話題しか出てこないし……。連絡先だってビスコード以外知らないですからね」


【そうじゃない】


「なるほど。フューさん推しなんですね、この方」

「はい。もうそれはガチ恋でして」

「恋敵が同箱のVtuberとは……」


 葛城さんは深く息を吸い込むと頭を抱え、俯きながらの上目使いに声を漏す。


「これはマネージャーとしてではなく、一人の一般女性として言いますが、ヴァぺで普段通話しているのでしょう? 思い切って綴音つづねさんからオフ会に誘ってみるとかはどうですか?」


「…………」


 その問いに、私はすぐ答えることはできなかった。


 自分で言うのもなんだが私は奥手だと思う。物心ついた時から今の今まで、思い返してみても異性との接点など数える程しかない。それも全て接点と呼べるか怪しいものだ。


 小学生の頃、顔も覚えていない男の子にリコーダーを隠された思い出や……。思い出や……。ほら、出てこない。


 そこから先は女子中に女子高、最終学歴の女子大ときて、もうあっという間に今である。


 そりゃぁ、たとえ女の園だとしても他校の男子と関係が持てないことはないだろう。実際女子高でも彼氏持ちの子はたくさんいる……だがそれは結局〝陽の者〟の話で、趣味が腐り果てた陰者には絶対に発生しないイベントだった。


 幸い、ずっぽりとハマったサブカルの沼の底では〝Vtuber〟とかいう新しい文化が生まれ、それはそれは運よくこの会社に救い上げてもらったものの……結局顔を隠しての活動、男性との関係を会社にシャットアウトされ続けるこの職業に出会いなどあるはずがなかった。


 つまりだ、圧倒的経験値不足の私はどうやって男の人と仲良くなれば良いのか全く分からないのである。どういうステップを踏めば好きな異性と恋仲になれるのかが考えつかないのだ。


【そう……だけど、そうじゃない……】


「な、なんて言えば良いんでしょうか……?」

「え?」

「とり蔵さんを何て誘えばいいのかなって……。私、男の人との仲良くなり方が全然分からなくて」


【違う違う違う】


「そんなの。ご飯いきませんかー? とか、映画みませんかー? とか、なんでもいいんですよ。つづりさんは考えすぎです、そもそも男の人との仲良くなり方に教科書通りのお作法なんてありません」


「でも……やっぱり、私は奥手で……」


【だからそうじゃない、私は……】


「奥手な女の子は、好きな人のためにチケットを取ろうと深夜にマネージャーへ電話したりしないでしょうよ」

「⁉︎ それは…………」


 そう、私はあの時自分から動けた。

 頭で考えるよりも早く言葉は漏れ、手が動いた。


 初めてとり蔵さんにあった時もそうだ。普段なら絶対に自分からかけないはずの声をかけていたし、彼ともっと一緒にゲームをしたいと思えた。


 それに今回だって、自分から会おうとしてる。これのどこが奥手な女の子なのだろう。そうだ……奥手なんてのは全部言い訳。


 私は……



理解わかっていた】



 あの人の中にあるのは八重樫フューだけ。きっとポコライオンとして……ただの花見月はなみづき 綴音つづねが想いを伝えたとしても絶対に断られるということを。


【だが詞ノ葉つづりとしてなら?】


 今の詞ノ葉 つづりは大人気のトップアイドル……八重樫フューと比べても見劣りしないはず。ならば彼を振り向かせることができるかもしれない……なんて、私が今アイドルとして頑張っている理由はファンではなく全部彼の……。


 どこかで気づいてくれないかなと思っていた自分を否定できない。


 結果、全て捨てても良いと思える程に私は彼に惹かれていた。


「プライベートじゃ絶対ダメなんです……」


 仮面が……詞ノ葉 つづりという仮面が必要なのである。じゃないと八重樫フューに並べないから。


「はぁ。これだから……まぁでも……どうせ……ね。会うくらいならいいか」


 言葉に詰まっていた葛城さん。腕を組み、考えを巡らせるようにしてボソっと呟かれた声は、かろうじて聞きとれるものだった。それはどことなく肯定の意味を含んでいたように思えて……。


「えっ?」

「見たいんでしょう? 顔」


 呆れ顔のような、揶揄いを含んだ笑いのような……先ほどとは打って変わった葛城さんの表情に私の中の黒いモヤがスッと姿を隠す。


「っと……? それはどういう……」


 これはもしかして……?

 行っても良いってこと?


「つづりさん。繰り返しますが、日曜日は絶対に来ないでくださいね」

「は……ん?……えっと今違う流れに……あれ?」


 業務命令を淡々と言い渡すような口調とは裏腹に、葛城さんの表情は柔らかかった。


「さて、私は上からの指示をしっかり伝えましたからタスクは完了です。あーでもそうだなー、当日たまたま綴音つづねさんとカフェで出くわす可能性もあるなー、でもそれはどうしようもないなー、そうなっちゃったらもう紹介するしかないよなー」

「ちょっ、葛城さん!?」


 なんという棒読み。


 斜め上を向いていた葛城さんのキラリと光る眼鏡が、パッと正面の私を捉える。


「全く、手が焼けますねつづりさんは。協力しますよ、あなたの恋」 

「へっ?」


「幸い今回は人事ではなく現場のマネジメントである私に権限が委譲されています。まぁどうにかなるでしょう……。詞ノ葉つづりとして会いたいんですよね? 日曜日の面接、同席してもいいですよ」


 あぁ、やっぱりこの人は最高のマネージャーさんだ。


「葛城さぁあん」

「まぁ」


 興奮で身を乗り出そうとした私を制止するように、葛城さんは親指を立てそのまま喉をなぞった。


「ぶっちゃけ何か起こったとしても、私の首がトブくらいで済みますから。くくっ……そしたらついに私もVデビューを」

「え、えぇ……それはやめてくださいよ葛城さんがマネージャーじゃないと私が困りま ──── すっ!?!?」


 和やかな空気の中、突如として背中に衝撃が走った。


「おいーっす、綴音つづね~!! なになに~☆ なんの話してるのー?」


 聞こえてきた声色、そのテンション、そして背中に感じる二つの弾力……確認するまでもない。


「ちょっと冬華とうか、今大事な話をしてるから」

「えー? あーしも混ぜてよー、面接とか聞こえたけど後輩入る感じ?」

「あ、いえ。FPSの専属コーチの面接で……」


 そこまで口に出した時、マネージャーさんはしまったという表情で私を見てきた。よりにもよってフューさんに……そう言いたげな唇が微かにパクパクしている。


「えっ、もしかしてあーしらのコーチ!? うわぁ、気になる!! あーしも見たい見たい!!」

「い、いや、冬華。今回は私一人で ────」

「えーずるい、あーしも行く!! 遠くで見とくだけでもいいから、ねっ? ねっ? はい決まりー☆ もう絶対一緒にいきまーっす」


 お願いっ☆っと両手を合わせウィンクをする八重樫フューを前に、マネージャーさんと私は互いに顔を見合わせる。


(こうなった冬華はテコでも動かないからなぁ……)

(こうなったフューさんはテコでも動かないですからね……)


 こうして決戦の日曜日。

 私と冬華の二人はとり蔵さんの面接に同席することになった。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます! 次回ずっこけたフューさんがどうなるかがわかるんですかね? 続き楽しみにしてます
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