第21話:コスプレイヤー
日曜日の駅前。腕時計を見ながら改札へと駆け込むサラリーマンに、手を繋ぎながら歩くカップルがチラホラ。そんな若き男女のイチャつきをベンチから眺めるお爺さんもいれば……彼女でも待っているのだろうか? そわそわと身体を揺らす坊主頭の学生がエナメルバックを抱きしめている。
ごったがえすというほどではないが、人口密度のそれなりに高い広場を俺はスマホ片手に歩いていた。
「指定は無かったし、いいよな? これで」
商店の連なる並木通りに入ってすぐ、美容室のガラスに映った自分の恰好が目に留まる。
一応面接ということもありオフィスカジュアルな白いワイシャツと紺のスラックスできてみたが……ポコライオンさんはいつもの感じでと言っていたし、もう少し崩したほうがよかっただろうか?
「いつもの感じの服ねぇ……」
────
──
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『で、ポコライオンはなんの予定なん? 日曜』
『へっ、わ、私はアレですよアレ。友達と買い物に……』
『ふーん、何買うん?』
『え、えーっと。ふ、服?とか』
『服ねぇ……よし任せろ。そういえばお前らさぁ』
金曜の夜、通話を落ちる前にファッションの話になったことを思い出す。
普段どんな服着るの?
ジョン松の口から出てきたのは、Vtuberオタクとは無縁とも思える話題だった。
そして案の定というか、予想通りというか、ジョン松は年中半袖短パンを着ているという全くどうでも良い情報が手に入った。全くアパレルには興味ないんだそうで、なんでこの話題を出したのか理解に苦しんだわけだが……。
「流石に半袖短パンは面接にはないよな、てか」
今思い出してもあの夜のジョン松は変だった。流れで行くと次は俺がどんな服を着るのか? というターンになるはずだったのに、アイツは質問に捻りを入れてきたのだ。
『とり蔵は女の子のどんな服が好きなん?』
『!!!!!!』
『なに急に!?』
『あ、いや単純な好奇心だよ。気になるよなー? ポコライオン』
『の、のののノーコメントでお願いします』
『だからそれは……貸しイチな』
一切考えたこともなかった質問。
そして俺は全くピンと来ていなかった。
『? んー……いやスマン、恥ずかしながら関わりが無さすぎてリアルの女性服とか全く想像できんな。名前とかもわけわからんの多いし』
『ったくなんだよ、つまらんなぁ。じゃあ色とかは? 好きな色、女の子の服で』
『えー……どうだろう、グレーとかカーキかな。服っていうか、ただの好きな色だけど』
『なんかパッとせんけど……まぁいいや、メモったか? ポコライオン』
『ふぁい!?』
『さっきから何言ってんの二人とも』
『いやいや、まぁ強いていうなら ──── グッドラック』
───
──
─
うーん……謎だったなあの会話。まぁジョン松なりにお洒落に気を遣えと言いたかったのだろうか? 幸運を祈る? 何の?
「あ……着いてもた」
なんてことを考えながら歩いていると、俺の身体は待ち合わせのカフェ前に到着していた。そしてチラリと見た腕時計にため息を一つ。
「はぁ。悪い癖だよなぁ……一時間前は早く着きすぎだって」
慎重すぎる性格なのか、こういった待ち合わせは何かあってはまずいと一時間前行動をしてしまう癖が俺にはあった。分かっているのに止められない、とんでもなく厳格だった父親のせいにしてしまえばそうだが……。
「まぁ自分以外が損するわけじゃないからいいんだけどさ。とりまモックで時間潰すか」
先に目的地のカフェに入って待っていてもよかったが、少し小腹のすいていた俺はカフェ向かいのモクドナルドヴァーガーに入ることにした。
「いらっしゃいませー」
店内に入ると、黄色い立て看板にデカデカと書かれた〝店内清掃中〟の文字。目線を落とすと、モップ掛けされたてとおぼしき白いタイルの床がうっすらと水気を帯びているのが見えた。
「うぉっ、ツルツルじゃんここ危なっ……さて……」
足元に注意し、バカでかいスマホのようなセルフオーダー用のタッチパネルをスライドさせていく……やはりモックといえばポテト、こいつのLサイズはかかせまい。あとは炭酸飲料も必須要件だ。
普段は糖類を気にしてジュース類を避けてはいるが、モックを食べる時と、デリバリーでピザを頼む時に炭酸コーラを頼まない選択肢はない。それはたとえダイエット中でも許される唯一の禁忌だろう「あー、ポテトとピザなら仕方がないですね」と減量の神もお赦しくださるに決まっている。
──── ピッ。
電子決済でササっと済ませ、カウンター前で商品を待つ。
「235番でお待ちのかたー」
天井から吊り下げられたモニターに映る三桁の整理番号を自分のレシートと照らし合わせる必要もないほど、ものの十数秒で商品を載せたトレイが受け渡された。流石天下のファストフード店である。
結局、チーズバーガーにナゲットまでつけてしまった……。まぁブランチということでええでしょう。
──────
────
──
「うん、美味い」
揚げたてサクホクのポテトを頬張り、口内がアチチと悲鳴を上げる直前にコーラを流し込む。
ん〜、塩加減も丁度良い。
脂でテカり、塩粒のまぶされた指をチュパと舐めるところまでがセットである。はい、モック最高。
「さて、葛城さんってのはどんな人かなー」
駅前の通りを一望できる前面ガラス張りな一人用カウンターへスマホを立て掛け、油分の付いていない小指で例のメールをスワイプしながら道ゆく人々を俺は眺めていた。
「ここなら待ち合わせ場所のカフェも見えるし ──── ぬっ!?」
そんな中、道行く一人の女性が目に止まった。
陽の光を受け、その一歩ごとに揺れ煌めく長い金髪。その隙間からは耳のピアスがキラリと光っていた。軟骨部分まで括られた三つの銀色の輝きだ。
「め、めっちゃ可愛い……」
真っ白で丈の短いパーカーの裾が揺れるたびにチラつくヘソ周りの素肌。そして黒を基調としたプリーツスカートからすらりと伸びた白い足先にはゴツめのショートブーツが……それはどこかフューたんみを感じさせる金髪の白ギャルだった。
そりゃぁもう俺は一瞬にして眼を奪われてしまったわけです。はい。
「えっ!?」
彼女の軽く流された前髪の間から、チラリと見えた切れ長の瞳と目が合った……気がした。奥に覗く空色の瞳までフューたんそっくり……口元のツヤ感ある薄ピンク色のリップまで全てが瓜二つだった。
「俺……を見てるよな? え……なんでこっち見てんのこの子!?」
ギャルと見つめ合った気がしてから数秒、彼女はスタスタと俺の前へと近寄ってきた。そしてその一歩ごとに、少しずつ視線が上へとずれていく……。
「あ……これ見てるのモックの看板だ」
彼女は看板を見上げるようにして俺の前で立ち止まると、肩にかけていた小さめの黒皮ポーチからスマホを取り出し、サササッとフリックで文字を打ちながらモックの入り口へと進んでいった。
「あっぶねー、危うくリアクションするとこだった……ただのモックの客だわあの子。てかあんな可愛い子が、俺なんかを見てるわけねーじゃん何勘違いしてんだバカ」
─────
────
──
「・・・・・・」
一度フューたんみたいだなと意識してしまってからはもうだめだった。チラチラと視界の端が彼女を追ってしまう。
髪の長さこそ違えど、瞳の色といい、ギャルっぽい感じといい、それにパーカーの大きな膨らみまで ────
マジでリアルフューたんじゃねーかあの子……。おぉう、モックの飲み物はアイスコーヒーしか頼まないと言っていたところまで完璧だ。
何者なんだ……。
かなり有名なフューたんのレイヤーさんとか?
ありえるな、てかそうに違いない。もしかすると今日どこかでコスプレのイベントとかをやっているのかもしれん。いまやVtuberも立派なジャンルとして地位を確立しているとジョン松が言っていた気がする。
「やべっ!!」
女の子はキョロキョロと店内を見渡すと、まさかの俺の方へと歩いてきた。
見すぎたか!? いや、席を探してるだけっぽいな。
明らかに挙動不審な男がここにいた……まぁ俺なんだけども……。流石にキモすぎるな、もうコソコソと覗き見るのは止めよう。あんな綺麗な子、俺とは住む世界が違いすぎるって。
でもフューたんのコスプレしてくれる彼女とかいたら、最高だよなぁ……なんて後ろ髪引かれながらも、通りに目を戻した瞬間だった。
「いいもんねー、俺には本物のフューたんが居 ────」
「ひゃあぁっ!!!!????」
毎日聞いている声。
絶対に聞き間違えるはずのないそれだった。
フューたん!?!?
咄嗟に振り返った俺の前には例の女の子が、新体操選手のように足の先で綺麗な円を描くようにしてー……、バク天をー……!?黒のレース!! ── あ、コケた。
ドサッ。ヒュン ────
尻もちをつく女の子。
そしてトレイ上のアイスコーヒーが宙を舞う。
全てがスローモーションだった。
くるくるくると……三回半程回転した時、それは複数のパーツへと空中分解し、中からは黒い液体と氷が ────
あ〜〜〜あ?
ああああああああああ?!?!?!?!?
「冷てぇええええええええええええええええええええええええ」
気が付くと俺は、頭からアイスコーヒーを浴びていた。




