第16話:奇跡は三度起こる
前歯を通る風がスーッっと音を鳴らし、取り込まれた冷たい空気が肺へと溜まる。
呼吸を止めて、コンマ数秒の世界に全身全霊を注ぎ込んだ。
今の俺は風よりも、音よりも更に速い……光の世界を捉えていた。
「うぉおおおおおおおおお!」
タタタタタタタッタン!!
《セッションは満席です》
「うん、知ってた」
いや……十万人以上いるとか、こんなの絶対無理じゃんね。
「お、珍しい。このキャラ使う人いるんだ」
一枠を賭けた争奪戦に敗北し、暗転したモニターに映った真顔の自分があまりにもキモかったため配信画面へと視線を戻すと、そこには全身を緑色のスライムで包んだようなプルプルの人形が立っていた。
超倍率を勝ち抜いた激運リスナーの使用キャラクター……移動能力は高いが、体力がめっぽう低いというピーキーさが玄人に人気のキャラだ。
その横、フューたんが使っているのは両手両足をサイボーグ化しているサイバーパンクな女の子キャラ。アルティメットスキルを使うとわずかな時間だけ高速に動けるスピード系である。
そしてつづりんは背中に馬鹿でかいミサイルを担いだ二足歩行のライオンみたいな獣キャラでヘビー系。ちなみにポコライオンさんもよくこのキャラを使っている。
〔お、最初の一人は~……。モチャ男さん☆ よろしくね~〕
〔よろしくお願いします、モチャ男さん〕
「……いいなぁ」
フューたんと、つづりんの二人に名前を呼ばれるとは……いったい前世でいくつの徳を積んだというのだろうか、このモチャ男というやつは。
:くっそ羨ましいんだが
:倍率どうなってんのこれ
:頼む頼む頼む次こそ俺にこい
:モチャ男さんプレッシャーやばいだろ
〔ねぇねぇ☆ モチャ男さんはパシリス?〕
……無反応。
〔あっ、じゃあ綴り手さんですか?〕
ブンブンブンブン!!
と、もげるぐらいの速度でモチャ男の首が縦に振られる。
「なるほどこいつ、つづりん推しか」
〔わぁ。ありがとうございます〕
〔ぶーぶー、モチャ男さん☆ パシリスにもならない?〕
〔ちょっとフューさん。綴り手さんを誘惑しないでください〕
〔パシリスになってくれたら、つづりんの恥ずかしい秘密教えてあげよっかなー☆〕
〔ふぇっ!?〕
ブンブンブンブン!!
っともげるぐらいの速度で、モチャ男の首が今度は《《横》》に振られた。
:こいつ、訓練されている!?
:根っからの綴り手……見事
:モチャ男やるな
:もちろん俺も横に振るよつづりん
:¥3,000 教えてください
〔ほっほーん☆ これくらいじゃ靡かないわけね。やるじゃん〕
〔もう……綴り手さんをあまり揶揄わないでくださいね〕
〔へいへーい、じゃあ順位予想いってみよーか☆〕
ピコッ────っと音をたて順位予想のアンケートが画面を覆う。
さて......。
フューたんのランクは《マスター》で、つづりんは《ドミネーター》……このゲームにおける最高ランクとその次席となればパーティとしての戦力はかなり高い。
あと大事な情報は……。
〔モチャ男さん、自信の程はいかが?〕
〔スキンも買われてますし、中々ベテラン感ありますね〕
このモチャ男の実力がどうかということだが、フューたんの配慮でランクは非表示になっており分からない。となると、つづりんが言った通りドロドロの身体を覆う革ベルトのスキンを買っているぐらいしか情報はないが……。
「まぁゲームにお金を入れる熱量に、ピーキーなキャラ嗜好からしてモチャ男はそこそこの上級者……とすると三分の一、だいたい十位ぐらいか?」
〔じゃあ、あーしは十位で!!〕
「お、フューたんと意見が合った。運命を感じる」
〔では、私は十五位で〕
〔ほほーん、つづりん。味方は綴り手さんなのに控えめ予想だねぇ☆〕
〔いえいえ、モチャ男さんは猛者とお見受けしましたが、ヴァペはそんなに甘くないですよ。運も絡みますから〕
〔むむむ、つづりんガチじゃん☆〕
〔そりゃぁ、罰ゲームは嫌なので、真面目に当てにいきますよ〕
「たしかに、たとえプロが混じっても百パーセント一位だと言い切るのは難しいよな」
ゲーム内でランダムに配置されるアイテム運もあれば、徐々に狭まっていく生存領域のマップ運、それに対人要素の噛み合いを考えると〝絶対〟が存在しないのがヴァペックスというゲームである。
どんなに実力者が揃っていても、そこまで上位は予想できないというつづりんの読みは納得だ。
「流石ドミネーターの分析……自分のファンでも忖度無しの全力予想ってのも好感度高いな、人気なわけだ」
〔えっと、リスナーさん達で一番多いのは……十八位かな。おいおいオタクくんたちぃ☆ そんな低くていいのかなー?〕
:フューたんのポンが出ると予想
:つづりんだけなら十位かな
:フューたん参加型だと遊ぶからなぁ
:リスナーは当てたらなんかあるの?
〔あ、確かに。リスナーさんが当てたらご褒美はどうしよっか、つづりん〕
〔え、まぁその場合は私とフューさんどちらともで撮りましょうか〕
〔なる☆ あーしとつづりんでシチュエーションボイスってことか。あれー☆? つづりん意外とノリノリ?〕
〔ち、違くて!! それが一番公平かつ平等だと思って〕
〔ふっふっっふ、まぁそういうことにしといてあげよー。じゃあリスナーさんは、あーしとつづりん二人に言わせたいボイス考えといてね☆〕
〔へ、変なのはやめてくださいね?〕
:俺達を信じろつづりん
:告白シチュとか?
:俺は目覚ましボイスが欲しい
:デートシーンがいいな
:いいのかお前ら絶好のチャンスだぞ
〔じゃあ始めるよっ☆ マッチスタート!!〕
フューたんの予想:十位
つづりんの予想:十五位
リスナーの予想:十八位
ご褒美ボイスをかけた戦いが今、始まった。
◇◆
シピュン────。
響く甲高い銃声に合わせ、フューたんの目の前でライオンがパタリと倒れる。
〔うっ、ごめんなさい。抜かれちゃいました〕
〔どまどま、しゃーないっしょ。敵さんめっちゃ上手いね〕
〔モチャ男さん頑張っ……あっ、ちょっときつかったですね〕
〔ナイストライだよーモチャ男さん ──── ってぎゃああぁ、あーしもやられた〕
そのままフューたんと、モチゃ男も撃ち抜かれ、三人とも超遠距離からの狙撃でやられてしまい開始七分ほどで部隊は全滅。一試合目はあっけない幕切れとなった。
「今のスナ、めちゃくちゃ上手いな……ランカーか?」
〔さてさて、順位はー☆〕
〔あ、十八位……ですね〕
〔えっ☆ リスナーさんドンピシャじゃん。すごっ〕
〔フューさん。褒めてますけど、私たち罰ゲーム行きですよ〕
普段なら負けて残念……で終わるのだが、今日は順位予想を的中させればご褒美ボイスが貰えるというルールで行われているヴァペ配信。コメント欄は大盛り上がりである。
:やべぇ何言ってもらう?
:やっぱえっなやつか?
:告白シチュとかどうよ
:目覚ましボイス欲しいな
「神企画すぎる」
〔そだったそだった☆ えーっと。皆セリフは考えたかな?〕
〔パシリスさんも、綴り手さんも、あまり過激なやつはダメですよ?〕
〔じゃあ、あーし達に言わせたいセリフをコメントしてねー☆〕
フューたんに言わせたいセリフなど……。
「無限にあるわ!! どうする……なんてコメントするよ俺」
四六時中、それは夢の中まで妄想しているフューたんとのムフフでグヘヘなシチュエーション達……流石にこれをなんのフィルターもかけずに垂れ流すわけにはいかない。
「このお題、何気にパシリスの節度と民度が試されているな」
一部欲望に忠実なリスナーもいるようだが……ここは紳士にいかねばなるまい、フューたんは色々煽ってはいるけれども、俺調べによるとエッチなのは苦手なはずだ。
「ラインを越えないようにしないとな、さてどんなのが……」
俺は高速で流れるコメント欄を手動で止め、何個かリスナーが書いていたセリフを確認してみた。
:登校前に迎えに来た幼馴染お願いします。
:図書室で二人っきりになって大胆になる彼女で。
:お家デートな感じで一つ。
:添い寝シチュが欲しい!!
「これは……綴り手の人たちか。なるほど、なるほど。シーンだけ指定してお任せってのもありだな……ん?」
:私より先に行っちゃダメ、一緒に行こ? でお願いします
意外と皆わきまえているなぁ、と頷いていた中……ラインを軽く踏み越えるどころではない、K点越えの大跳躍をかましている奴を見つけてしまった。
「ちょ!? アホかコイツこんなん絶対む……ぶはっ!!」
激ヤバコメント欄の横に表示されていた名前を確認して俺は吹き出した。
ジョン松:私より先に ──
「終わってる……友人として恥ずかしいどころか、申し訳ない……。まぁ流石にこのコメントは拾われないだろうけど」
〔お、つづりんこれとか良いかも。私より──って読み上げちゃったらダメじゃん☆ チャットで送るねー〕
〔どれどれ……ぶふっ!!〕
〔どした? つづりん〕
〔こここここ、こんなの却下に決まってるじゃないですか〕
〔えー、なんで?〕
〔なんでって……ちょ、ちょっとヴィスコ見て下さい〕
〔なになに……って。そそそ、そーなの!?〕
何かトラブルでもあったのか、普段あまり動揺をみせないフューたんが焦っている。もしやジョン松のようなセンシティブコメントでも拾ってしまった感じだろうか?
〔よ、よーし。じゃあこれにしよっかなー、どうつづりん?〕
〔まぁこれなら……十分恥ずかしいですけどね〕
〔決まり‼︎ ボイスは後で録音してヴイッターに上げとくから。皆、通知をONにしといてね☆ つづりんのもよろしくー☆ フォローしてない人はちゃんとフォローしとくんだぞ☆〕
「配信後のヴイッターも要チェックっと……」
〔うぅ。フューさんの配信を見てしまったばっかりに……〕
〔いいじゃん、いいじゃん。さぁ次の試合、どんどんいこー!!〕
──── 二試合目終了。
──── 三試合目終了。
──── 四試合目終了。
「全く入れる気はしないが、今日は不思議と悔しくないな」
フューたんの粋な計らいで始まった順位予想は大盛況、コメント欄はいつにもまして楽しそうだった。
かくいう俺も普段なら全力を注ぎ込んでいるパスワード入力も、いまや頭半分でやっており、今日は別に入れなくても良いかなぁ。なんて純粋に配信を楽しんでいた。
「………ん」
そんな良い具合に肩の力が抜けていたからなのかもしれない。
ふとしたアイディアが脳内に芽生えた。
「どうせ入れないなら適当にパス打ってみるか。適当に……いやまてよ」
八桁の英数字のパスワードを適当に当てられる確率は凡そ二百兆分の一くらいか? ……絶対に不可能だ。
だが、一桁だけならアルファベット二十五個と数字の十個、大文字も考えると合計六十分の一で当てることができ、一気に現実的な確率へとなり下がる……。
「事前に最初の一桁を入れておけばコンマ数秒他の人より入力が早くなるはず」
それは回線速度を考えると誤差程度のアドバンテージ……やる価値などほぼない愚策だろう。
だが今日の俺はそれで良かった。どうせ入れなくても配信は楽しめるのだ、むしろ入力する手間が省けて指の負担が減るだろうくらいの安直で、楽観的な考えが頭を巡る。
「ふっ、どうせ無理ならいっそ ──」
俺はパスワードの入力欄に三桁のアルファベットを打ち込んだ。
〔私は次でラストにしますね〕
〔りょ☆ じゃあ配信もこれで最後にしよっかな。パスワードはこれでーす。あっ、見てつづりん。あーしの名前がパスに入ってる☆〕
──── タンッ。
爆発しそうな鼓動共に押し込んだエンターキーで、俺のモニターは今まで一度も見たことないローディングバーを挟み暗転した。
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