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第14話:狼桜 シルヴィ


 ビーッ ────


 ビーッ ────


 朝日の射し込む部屋の中で、セロハンテープを引っ張る音が響く。


 まるで日本地図でみる県境のように、ギザギザと引き裂かれた文字たち。


「本日は」の相手は「お日柄もよく」で間違いないだろうと、その二つをくっつけては透明なフィルムで貼り合わせていく作業を俺は繰り返していた。


「ミスったな、破らなきゃよかった。まぁ、流石にあんな逆転満塁ホームランは予想できないか……よしよし、トークデッキ復活だ」


 つい勢いで破ってしまった推しトーク用に作った原稿の修復が終わり、完成したわしゃわしゃの紙を一通り眺めてみる。


「・・・・・・」


 文字は読めるが……、改めてみると内容はどうなんだろうな、これ。


 まぁ天気デッキは良いとして、後に続く文章が微妙な気がしてきた。


「……うーん。ちょっと変えたほうがいいかなぁ、フューたんの流行も変わってるかもしれないし……ちゃんと配信みてアップデートしとこ。っともう時間だ」


 ヴヴッと震えた左腕のヴァップルウォッチを見ると、点滅している出勤の文字。時刻は七時五十五分、余裕をもって会社に到着できるいつもの時間だ。


 俺は作業の残骸をばぁっと雑にゴミ袋へと突っ込み、流しの生ごみやらベッド横の紙ずくやらをとりまとめると、そのままそれを担いで家を出た。これもいつものルーティーン。


 ガチャ。


 そしてこれもいつもの……。


「先輩、おはようございます」

「お、今日《《も》》奇遇だね」


 玄関を出た先で目に飛び込んできたのは、寝癖なのかパーマなのか判断に悩む少しだけボサっている銀髪……。杁ヶいりがいけである。


 毎日同じ時間に家を出ているとはいえ、不思議なことに何故か完璧なタイミングで俺は彼女と出くわしていた。


 そりゃあ同じ職場に出勤するのだから? 似たような時間に家を出ていること自体に違和感はない。だがしかし、普通数十秒から数分程度の偏差が合ってしかるべきではないか?


 全くの同タイミングで玄関のドアを開ける。なんてことが五ヶ月も続くとなるとそれはもう奇跡としか言いようがないわけで……そして奇跡なんて人間が生きているうちにそうそう起こるはずが ────


「先輩、昨日めっちゃ夜中に叫んでましたけど何かあったんすか?」

「ん? あ、ごめん。うるさかったよな。ちょっとね、奇跡が起こってさ」


 あ、そういや起こってたわ……奇跡。

 

「奇跡っすか?」

「あ、いや」


 くいっと傾げた首に、見上げてくる透き通った赤色の瞳。


「……っ」


 女性と目を合わせることが苦手な俺は、杁ヶ池の直視に耐え切れず少しだけ目線を下へと逸らした。


「ってうぉっ!?」 


 視線の先では、ボタンの留まっていない白いブラウスの隙間から、程よく盛り上がった双丘を覆う漆黒のレース生地が顔を覗かせていた。

 

 コイツまた……。


「ちょっ、杁ヶいりがいけ。ボタン、ボタン止まってないぞ」

「あ、すみませんっす。ちょっと寝不足で……ふぁ~あ」


 杁ヶ池は特に恥じらう様子もなく欠伸をしながら服を正すと、ニヤリと片側の口角を上げ、上瞼うわまぶたが真一文字になったジト目をこちらに向けてきた。


「先輩、顔赤いっすよ?」

「ばっ、だから言ってんだろ。こういうの……女性に対する免疫ないんだって俺」


「くくっ。先輩にならいくらでも見せるっすけど、私ので耐性つけとくってのはどうっすか」

「はいはい、先輩を揶揄うな」


「(真面目に言ってるんすけどねぇ)」

「え?」


「いや、何でもないっす」

「まったく、女の子なんだから自分のことは大切にしろよ」


「くくっ、やっぱ優しいっすね先輩は」


 こいつ、杁ヶいりがいけ 虎白こはくはおそらく自らの見た目を理解していない。


 銀髪が示す通りハーフの血統……顔のパーツひとつひとつは人形のように整っており、まさに十人が十人振り返るほどの美女なのである。


 彼女が入社してきたとき男性社員全員が浮足立ったのは今でも記憶に新しく、かくいう俺の第一印象も皆と粗方あらかた相違なかったのだが……初対面時、俺だけが特別驚いたことが一つあった。


「ん? どうしたっすか先輩、アタシの顔に何かついてるっすか?」

「いや……」


 というのは、彼女のそのスペードのようにシュッと切れ上がった目元……ウルフカットを称する髪型と相性抜群なルビーを宿す瞳が「狼楼ろうろう シルヴィ」ちゃんという個人勢Vtuberにそっくりだったのだ。

 

 フューたん一筋の俺が何故シルヴィちゃんを知っていたのかについては、シルヴィちゃんが俺のSNSアカウントをフォローしているからで……ちなみに俺のフォロワー数は現在4人。ジョン松と、ポコライオンさんと、よく分からない海外アカウントと、シルヴィちゃんだ。


 そしてシルヴィちゃんとの接点など、俺がフューたんと出会う前に一度Vtuberの配信巡りをしていた際に見つけた『視聴者が一人もいない虚無のライブ配信』でたまたま応援コメントを送ったくらい……。


 つまるところ間違いなく彼女の誤フォローなのだが、何故だかフォローされたまま放置されており、オススメ投稿に彼女の配信やファンアートが流れてきて目にする機会がチラホラあった。……というのが杁ヶいりがいけにシルヴィちゃんの既視感を覚えた理由である。


 まぁ? 三次元の存在で、ズボラで、先輩を揶揄う小悪魔的な杁ヶいりがいけはシルヴィちゃんとは全く関係ないんだけどね……。ほら、こんなぼけーっとした欠伸は凛々しいシルヴィちゃんのイメージとはかけ離れている。


「あ、つか寝不足が俺のせいだったらまじですまん」

「いえいえ、そうだけどそうじゃないっすよ」


「ん?」


「なんでもないっす、でも確かにちょっとここ壁薄いかもっすね。逆隣さんの声とかもけっこう聞こえるんすよ」


「格安の借り上げ社宅だしな」

「お隣さんは高級マンションなんすけどねぇ」


 マンション前の道沿い。ゴミ捨て場にそいやとゴミを放り投げた俺の視線を、杁ヶいりがいけの指先がさらに斜め上へと誘導した。


 最近完成した分譲マンション……ポストにチラシが入ってたが、値段を見て秒で破り捨てたのを覚えている。俗にいう億ションってやつだ。デカデカと派手なポップの描かれた旗が吊り下げられているが……


「入居者募集中って……どんな人が住むんだろうな、これ」

「最近はパワーカップルとかいう人達、まぁ億万長者ってほどでもない人達も買ってるらしいっすよ」


「へぇ」

「先輩、二人で一緒に住んじゃいます?」


 本日二度目のジト目ニヤリ。


 また揶揄いやがって……。

 やられっぱなしは癪だし、一発反撃といこうか。


「いいね、同棲しようか 」


 あまりこういうことに慣れていない心臓が、そんな言葉を放った途端にバクバクし始めた。……が、杁ヶいりがいけの見開かれた目をみて分かるように勝負は俺の勝ちのようだ。


「(い、言ったっすからね……)」

「はっはっは、俺もこういう返しができるようになったんだわ」


「ぶー、女の子慣れしてる先輩は解釈不一致っす」

「なんだよそれ」


「ぷっはっはっは」

「ふっくっくっく」


 それから互いに何個かの冗談を交わしながら、俺達は最寄駅へと向かった。



────── ガタンゴトン。

──── ガタンゴトン。

── ガタンゴトン。


 人は疎らな電車の中、体感四割の確率なのだが今日はラッキーデーだったようだ。

俺と杁ヶ池は丁度二人分空いていた座席に座ることができた。


「先輩、何見てるんすか?」

「んー俺も良くわかってない……謎のバイト? の説明」


「はい? 謎のバイトって、なんすかそれ、もしかして怪しいやつじゃ」

「違う違う、ちょっと友達に紹介してもらってね」


「へぇ、ってことは先輩、副業する感じっすか?」

「まだ確定じゃないけど、そうなるかも。ウチってかなり仕事緩いしね」


 コアタイムもなければ、残業もほぼゼロ。世間で言うところの超ホワイト企業だ。

なんでこれで成り立っているのかは聞かない方が身のためだと思えるくらいに……。


「確かに。でも奇遇っすね、実はアタシも今副業してるんすよね。ただちょっと副業先の職場を変えようかと思ってて」


「へぇそうなんだ。さっきのパワーカップルの話じゃないけど、稼げる時に稼いでおくのは大事だよな」

「あ、お金目当てってわけじゃなくて……」


「ほぅ、ちなみに何系の仕事してるの? あ、言える範囲で大丈夫だけど」

「んー……IT系? っすかね」

「ほーん」


 でたなIT系。

 この短期間に二度の登場だ。


「先輩は何系なんすか?」

「謎。内容も不明」

「それ本当に大丈夫っすか? ちょっと見せてくださいよ」 


 これは……まぁ見せても大丈夫だよな。

 機密とかなさそうだし……。


 俺は昨日ポコライオンさんから送られてきたチャットを杁ヶいりがいけに見せた。


***

【面談要項】

 日時:〇月×日 XX時

 場所:XXX駅前のXXXカフェ

 

 事前準備

 ヴァペックスのプレイ動画を3試合分

 下記アドレスに送付下さい

 xxxxxxxxx@vmail.com    

 期日 〇月〇日 XX時


 準備物:履歴書、印鑑


 備考:当日は葛城という女性にて対応

    (カフェ前にてスーツ姿で待機)

//ポコライオン

***


「……色々ツッコミどころあるっすけど、まずこのポコライオンって誰っすか?」

「あーゲーム仲間の子。ちょっと訳あってこの副業紹介してもらったんだよね」


「女っすか?」

「うん」


「(よく通話に出てくるコイツやっぱり女だったんすね……要注意っと)」

「ん? どした?」


「いえ、なんでもないっす。この事前準備……なんかゲーム関係のバイトなんすかね? ヴァペックスって」

「かもね、テスターとかデバッガーとかかなって勝手に思ってる」

「なるほど」

 

《次は~乃木坂~》


「さてっ……。じゃあ日曜までもうひと踏ん張りしますか」

「ういっす」





◇◆





野狼やろうさん達、こん狼っす〜〕


:おっ、なんか今日テンション高いな

:こん狼〜

:シルヴィちゃん今日も可愛い

:¥500 生肉代

:たしかに機嫌良さそう

:なんか良いことでもあった?


〔お、野狼さん達気づいたっすか。実はっすね〜……あっ、ガチ恋さん達は耳塞いだ方がいいかもっすよ?〕


:でたでた

:いつもの妄想話か

:いいぞー別に塞がなくても


〔なんと、ついに彼狼から同棲しよう宣言いただいたっす。これはもう確定っすよ。付き合ってる通り越して結婚!? そう、婚約っすねもう〕


:はいはいイマジナリー彼氏乙

:いくとこまでいったな

:焦った、いつものやつか

:そうそう、いつものやつ


〔あぁあぁ、いいんすか? 野狼さん達そんなこと言って。マジでいるっすよ? 彼狼〕


:なわけ

:Xmas24時間耐久配信で確信した、居ないって

:居たとしても全く進展してないしな

:婚約宣言も何回目よ?


〔もう怒ったっす。そのうち大切なお知らせ出しても知らないっすからね?〕


:うぇ、もしやまた活動休止!?

:こないだはイマジナリー就活だったっけ?

:そうそう、彼狼と同じ職場行くとかいって

:次の言い訳はなんだ?


〔んー? ちょーっと彼狼さんとの結婚の障害をね……取り除かないとって思ってるんすよ〕


「八重樫フューとかいう女を……ね」

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