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第12話:大逆転


 ペコンッペコンッ ♪

 ペコンッペコンッ ♪


 画面いっぱいに表示された幼児の落書きのようなライオンのアイコン。

 

「きたっ、ポコライオンさんからの通話だ」


 彼女から個別通話がかかってきたことなど、記憶にあるかぎりは一度もなかった気がする。つまりはそれほどの緊急事態、何かトラブルに巻き込まれたのではないかとすぐに通話をボタンを押しこんだ。


「ポコライオンさん。どうしたの? なんかあった? 大丈夫?」

〔あ、とり蔵さん良かったぁ!! まだ起きてて!!〕


 そんな心配とは裏腹に彼女はどこか楽しげで、普段よりも上ずっている声からは興奮がみてとれた。


「おぉう、テンション高いね?!」

〔あ、いえ、ごめんなさい〕


「いやいや、謝らなくてもいいというか……急に落ちてそれっきりだったから心配してたんだけど、その様子だと大丈夫そうだね」


〔す、すいません。勝手に居なくなって……、はい私は全然大丈夫なんですが、とりぞうさんにちょっと報告と相談したいことが〕

「報告と相談?」


 なんだろう?


 以前よりポコラインさんからはヴァぺの相談は受けている、ジョン松がいない時も二人で練習することはよくあるが……報告というのはピンと来なかった。


〔…………ふぅ〕

「ポコライオンさん?」

〔えっと、ヴァー学の3rdアニバーサリーライブチケットを譲ってくれるって人を見つけました〕


 3rdアニバーサリーライブチケット。

 それは聞いたことのある響きで……

 つい先ほど脳内から抹消した単語にそっくりだった。


 ハードディスクの情報は削除したとしても、データのサルベージや復元が可能だと聞いたことがある。


 人間の脳内も似たようなものかもしれないなぁ……なんて、思考が明後日の方向へ飛んでいってしまうほどの強い衝撃を脳が検知……えーっと、なんだって? ライブチケットが? どうしたって?


 譲って……? んあ?!


「えぇええええええ!? ど、どどいうこと!?」


〔知り合いに、Vのイベント関係の人がいまして。一枚ならなんとかなるそうなんです、個人との紐付けについても問題ないそうですよ?〕


「まじ!? えっ、知り合いって、えぇ!? いや、うぇ!? ……ごめん、ちょっと頭の整理が」


〔ふふっ、良かったですね。これでライブ一日目、行けますよ〕


 画面中央に映るライオンのつぶらな瞳。

 漆黒のクレヨンでぐるぐると描かれたそれに、俺の魂が吸い込まれてしまったのではないかと思うほど……心はボーッと宙に浮いていた。


「・・・・・・」


 ほんの数時間前に一度地獄に突き落とされた。

 そしてその絶望の底からようやく気合いと友情パワーで這い上がってきた。


 と思ったらだ。


 目の前に突然天国への階段が現れた。

 更にその階段の先には、華やかな衣装でこちらに手を振るフューたんがいて……


「っっっっっっうぉおおおあああああ!!!!」


 気がつくと、俺は両手を突き上げ叫んでいた。

 

〔た、ただですね〕


 そんな爆発する感情を囁き声が撫でる。

 

〔ん?〕

〔一つ条件があるというか、とりぞうさん次第というか……〕


「条件? もちろんなんでもするよ!!」

〔そ、そうですか。ちなみにとりぞうさん。副業とかって、できますかね?〕

 

 あまり聴き慣れない単語を聞いて、ようやく冷静さがすぅっと降りてきた。


 ん? 副業?

 なんか思ってた条件と違うのがきたな。


 チケットを譲る代わりにイベント関連の仕事を手伝えとかそういう感じだろうか? ノリで応えてしまったが、まぁ問題ない。幸い、うちの会社は副業OKだ。


「副業? まぁ内容次第だけど会社の規定上は大丈夫だね」

〔ほ、本当ですか!!……よしよしよしっ!!〕


「なんでポコライオンさんが喜んでるの?」

〔えっ!? いや、な、なんでもないです!! えっと……詳細は言えないんですが、今週の日曜とかって時間ありますか?〕


 横目でカレンダーをチェック。

 うーむ……その日はフューたんの配信があるが……背に腹は代えられまい。


「大丈夫」

〔よかった。後で一通チャットを送りますね。場所とか書いてあると思うので、そこでマネージャー ──── じゃなくて、Vイベントの会社の人と直接話をしてもらってもいいですかね? チケットのリンクもその時に渡すそうです〕


「えーっと、そこで副業? の契約とかする感じ?」


〔そんな感じになると思います。もしかしたらテストとかあるかもですが、とりぞうさんなら余裕なはずです〕


 テスト?

 いや……余裕とか言われても力仕事とかだったら無理だぞ?


 それに、今の会社が緩いとはいえガッツリとやる仕事だったら体力的に……というかフューたんの推し活にも支障がでかねない、本末転倒である。二つ返事で了承したものの、俺は若干の不安を覚えた。


「ちなみにどういう系のテスト、っていうか業務内容なの?」

〔えっと。すいません、私からはまだ詳細は言えなくって……ゲーム関係としか〕


 ゲーム関係……もしかしてデバッグとかテスターみたいなやつだろうか。

 まぁ体を使う系でなければなんとかなる……かな。


「ふむ。まぁそれならいけそうか、長時間縛られるとかじゃないといいけどフューたんの配信とか、みんなともヴァぺできなくなるのはちょっと嫌だし」


〔あ、たぶん拘束時間は短めだと思います。期間はライブ後から一ヶ月程度で週四~五時間とか? かなと〕


「ほうほう、なら全然問題ないね。あとはフューたんの配信と被らないといいけど」


〔それはたぶん大丈夫です、理論的に絶対被らないというか……〕


「え?」

〔な、なんでもないです!! と、とりあえず私にできることはここまですね〕

「? いやぁ、めちゃくちゃ助かったよ。っていうかなんで俺のためにこんな……」


 ただのゲーム仲間がしてくれることにしてはやりすぎな気もする……いやいや? そんなこと考えるのは失礼か。


 ポコライオンさんとは、もはや戦友であり親友。 俺が逆の立場でもジョン松やポコライオンさんのためなら何かしてあげたいと自分にできることを隈なく探すだろう。


 これで俺だけが一方的に仲間意識をもっていたらショックだけど……だ、大丈夫だよな、少なくともポコライオンさんからは嫌われてはない……はずだ。


〔(そりゃあ……とりぞうさんには、返しきれないくらいの恩がありますから)〕

「え? なんて?」


〔い、いえなんでもないです!! た、たまたまですよ、たまたま知り合いが連絡してきたんです〕

「へぇ、凄いね。ポコライオンさんそんな知り合いがいたんだ」


〔し、仕事関係で本当に偶然ですけどね〕


 Vtuber関係の仕事とは?


 予定はないが、転職するならそういう仕事もしてみたいなぁ。なんてただの興味本位で俺は聞いてみた。


「そういえばポコライオンさんって何の仕事してるの?」

〔ふぇっ!?〕


「あ、ごめん。ちょっとプライベートすぎた?」

〔い、いいい、いえ、そ、そそそそんなことは……〕


 しまった、めちゃくちゃ動揺している。

 言いにくい系だったか……。

 会社特定とかされたら気まずいもんな……。


「大丈夫大丈夫。ごめん今の質問は忘れて」

〔ぶ、ぶい……〕

「ぶい?」


〔は、はい……はいし……〕

「はい?」


〔あ、あい……アイド……〕

「あい? あー、IT?」


〔そ、そ、そそそうです!!……ITなんですよ、IT関係〕

「そうなんだ。なるほど」


 たしかにITだと広義に捉えたらVtuberのイベント事業とかも繋がってそうだよなぁ。よしよし、俺の転職候補に入れておこう。


〔た、耐えたぁー……〕

「ん? 耐えた?」


〔い、いやいやいや。何でもないです、ちょっと会社の契約が厳しくてざっくりした情報ですいません〕

「全然全然、てかチケット本当にありがとう。まじポコライオンさんが友人で良かった」


〔ゆ、友人……〕

「そうそう。だからポコライオンさんも何でも言ってね、今回の件関係なしに俺にできることなら何でもするよ。ってか普通にお礼させてよ、流石に」


〔そんな、お礼なんて気にしないでください〕

「それだと俺の気がすまないっていうか……だめ?」


〔……うーん、でも……じゃあ一個だけお願いしちゃおうかな……〕

「なになに? なんでも言ってくれ」


〔コホンッ〕


 イヤホンの奥でゴホンと声を整える音が聞こえた。


〔これからもずっと、私にヴァペを教えてくださいね〕


 覚えのあるウィスパーボイスが鼓膜から脳へと吹きぬける。


 囁かれるように発せられたポコライオンさんのその声は、まさに詞ノ葉(ことのは) つづりそのものだった。

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