第10話:ポコライオン3
「だめだ、やっぱり全然勝てない……。もう無理かも……」
すり減り続けた私の精神は限界を迎えていた。
もうやめよう。私がヴァペをやると綴り手さんまで叩かれてしまう……ノルマ未達でも許してもらえるだろうか?
自分が炎上することは耐えられても、ファンが傷つくことだけはどうしても私には耐えられなかった。たとえそれでヴァー学を辞めることになったとしても……。
でもそれだともっと綴り手さんは傷つくかも……うぅ……どうしよう。
ピコンッ ──♪
《マッチングしました》
「あっ……切り忘れてた。これがラストプレイ……かな」
──────
────
──
〔うぃーっす〕
〔よろしくお願いします〕
「……お願いします」
うわぁこの人達、ボイスチャット入れる系だ……。ガチ勢だったらやだなぁ……。ジャッカル大須さんと ──── とり蔵さんか。
〔うぇっブロンズ混じってんじゃん。しかも女? いや、どうせボイチェ使ってるおっさんか……だりー〕
〔まぁまぁ、カジュアルだし〕
「…………」
開幕から飛んできた嘆きの声。二人ともランクは最上位の《ドミネーター》で、最低ランクである《ブロンズ》の私はきっと足手まといに見えたに違いない。
「うぅ……めちゃくちゃ上手い人達だ……。でも、この人が言ってくれたようにカジュアルマッチだし、大丈夫だよね?」
ジャッカル大須さんの第一声に不穏な気配は感じたものの、今回のマッチはレートが変動しないカジュアルマッチ。流石にそこまで怒られることはないだろうと私は高をくくっていた。
──── ヒュン。
「ひっ……」
〔おいおい、ポコライオンとかいうのアホなん? そっち顔出すなって〕
「す、すいません……」
〔左は射線通りすぎてるねー、覗くならまだ右からがいいかも〕
「は、はい……」
──── ドォン。
〔バカバカバカどけどけどけ!! うわっふざけんなよお前のせいで死んだわ〕
「ご、ごめんなさい!! あっ……」
〔なんでお前まで死んでんだよ。はぁ、終わったわこの試合負け負け〕
「っ……ごめんなさい……」
〔まじで下手くそと一緒だと勝てねーわ、つまんな〕
そんな私の読みは安直過ぎたようで、試合開始早々から接敵し、ジャッカル大須さんにキャラをぶつけてしまった私はめちゃくちゃに怒られた。
飛んで来る罵声と共に、今までの経験がフラッシュバックする……。
〝ごめんなさい〟
〝すいません〟
〝私のせいで〟
〝許してください〟
〝ひっ怒らないで〟
私は、もう何をするにも口から反射的に謝罪の言葉が出てしまう身体になっていた。そう私が……全部私が悪いのだ……。
「……す、すいま──」
〔ジャッカルさん、ちょっと言葉強いね。それに、まだ負けてないっしょ?〕
〔ん?〕
「え!?」
それは私を庇ってくれてのことなのか分からなかったが、咄嗟に割り込んできた声の主。とり蔵さんの視点を見て私は驚きを隠せなかった。
以前、私は配信者大会の練習でトッププロのプレイ画面を見せてもらったことがある。その時の感想は『この人達は、きっと私と違うゲームをしている』だ。
画面の中のありとあらゆる動きが目で追えないスピードで展開し、それこそ私の三倍速でキャラが戦っている気がして……何が起こっているが全く理解できなかったのだ。
が……そういった驚きではない。
とり蔵さんの動きは全くの逆だった。
キャラコンも普通、エイムの速度も速いけど目で追えなくはない。何をしているのかは全て分かった。ただ……なんでその動きをしているのかは全く分からなかったのだ。
まるでウォールハックでもしているのかというくらい確度の高い決め打ち、なぜかそこに敵は飛び出してきた。
不用心に身体を出しているかと思ったら視界外の敵からの射線が良い具合に切れていて……上手いとは違う、まるで数秒先の未来でも……いやゲーム内の情報全てを把握しているかのような動きを彼はしていた。
「すごっ、一瞬で一部隊倒しちゃった。一般の人でもここまでできるんだ……」
〔は!? 上手すぎだろ!? チーターかお前?〕
〔いやいや……とりま二人とも起こすね〕
「あっ、私は……」
〔この下手くそ起こす意味ねーだろ、俺だけ頼む〕
〔まぁまぁ。ほいポコライオンさん、同じとこ降りてきてね〕
「あ、ありがとうございます」
〔けっ、まぁいいか〕
起こしてもらえたけど……ど、どうしよう。
自分で言うのもアレなのだが、正直ジャッカルさんの意見は正しいと思う。
これだけとり蔵さんが上手いのだ、きっとこの二人でも勝ててしまうだろう。私なんか起こしたところでまた足を引っ張ってしまうだけである。
それに、また怒られるのも嫌だし……ん?
そんな緊張と恐怖で動けなくなっていた私キャラクターの前で、とり蔵さんのロボットのようなキャラクターがぴょんぴょんと跳ねているのが見えた。
〔ポコライオンさん、俺のキャラ見える? しばらく後ろついてきてもらってもいいかな?〕
「は、はい!! 分かりました」
真っ白になっていた頭に何故だか彼の言葉はスッと入ってきた。
言われるがまま、導かれるがままに、私の手はとり蔵さんのキャラへ張り付くようにと動いた。
〔なるほどなるほど。こんな感じか〕
「?」
それから私は暫く彼の背中を見続けた。
道中、普段なら乗り越えやジップラインでの移動で操作にあたふたしてしまうのだが、彼はそんな私でもついていけるようにと簡単なルートで進んでくれているような気がした。
〔お前ら遅くね? トロトロしてんなよ〕
「す、すいま──」
〔ジャッカルさんそのまま索敵お願い、先行してくれるのめっちゃ助かる〕
〔お、おう……〕
……また庇ってくれてる?
それからもとり蔵さんは私がもたつき、ジャッカルさんに怒られそうになると上手い具合にカットインしてヘイトを逸らしてくれ、結果、試合開始時点では険悪だったチームの雰囲気も穏やかになっていた。
〔さて、そろそろ接敵するかな。ピン辺り警戒しよう〕
そして不思議なことに、この人の後ろをついていくとゲーム内の全てが噛み合っていた。接敵しても相手の裏を取れていたり、一方的に撃てるシーンはあっても、撃たれることはなく、極めつけは縮小していくマップの安置も私達に寄ってくる。
「凄い。何故か私、生き残っている……」
〔ポコライオンさん、アルティメットはZキー?〕
「えっ」
アルティメット……って、必殺技か。
私のキャラは、必殺の威力を誇る高範囲に判定のあるミサイルを放つスキルを持っている。それは一発逆転も狙えるほどに強力なスキルなのだが、その分発射速度は遅く、当てるのはかなり至難の業で……結局今まで全然使えていなかった。Zキーなんて、最後に押したのはいつだろうか。
「は、はい!! 変えてません」
〔おけおけ、俺が言うタイミングで使ってもらってもいいかな?〕
「全然大丈夫です、むしろありがたいです」
〔助かる、じゃあその時が来たら言うね〕
────
───
──
そんな会話を挟みつつ迎えたゲームの最終盤、残る部隊は私達とあと一チームになっていた。
〔敵、ピンにいるね。多分俺とポコライオンさんはバレてる。ジャッカルさんの位置は見えてないからちょっとハイドしといてもらっていい?〕
〔お、おう……。ってよく分かるな……〕
〔いやー、ジャッカルさんにラークしといてもらって良かった。ナイス〕
〔お前……、もしかしてこの配置も狙ってた?〕
〔さぁね? ポコライオンさんは正面の岩辺りにアルティメット構えておいてくれると助かるかな〕
「は、はい!! 了解です」
私はとり蔵さんの言う通りに、開けた平野にある大きな岩に視点を合わせた。
〔お、敵さん顔出してきたぞ。抜くか?〕
〔ちょい待ち、俺が飛び出したら相手動き止まると思うからそこ狙ってほしい〕
〔おーけー、任せろ〕
〔いくよ。さん、にい、いち……〕
バァン ────。
〔おっしゃ!! どうだヘッショ一発!!〕
〔ナイショ、さっすが〕
「凄い……」
〔よし、じゃあポコライオンさん。俺があの岩に詰めるからZキーの準備よろしくー〕
「は、はい!!」
とり蔵さんはそう言うと遮蔽から飛び出し、私が見ている岩へと詰め寄った。
だが、その右の建物上には敵が二人……こちらを覗き込むように顔を出している。当然、隠れる場所もなく平野を走るとり蔵さんはバレており、瞬く間に敵からの銃弾の雨が降り注いだ。
「えっ……やられちゃった……?」
岩に到着するやいなやダウンするとり蔵さん。
〔お、おいっ?!〕
〔おっけー、じゃあポコライオンさん。アルティメットいくよ。狙いはちょっと修正して、俺の体ね〕
「えっ!? とり蔵さんですか!?」
〔そうそう、カウントスリーで。さん、にい、いち ──── 押して〕
「え、えいっ!!」
これも言われるがまま、とり蔵さんの身体に目掛けてうった必殺ショット……。ボタンの押下からかなりの時間差で放たれるそんな大型ミサイルの着弾地点へ、吸い込まれるようにして建物から敵が降りてきた。
〔ナイス〕
ドォオオオン。
「えっ、当たった!?」
〔うぉっ、まじか!?〕
《WINNER》
画面中央に、今まで見たことのない金色の文字がデカデカと表示された。
「ウィ、ウィンナー?」
〔ぶっ、ウィンナーって......ソーセージかよ。ウィナーだよウィナー〕
〔はははっいいねウィンナー、俺も今度使おう。まじナイス、ポコライオンさん〕
ウィ、ウィナーってことは……。
か、勝った!? ……私が、勝った?!
「やったぁああああ」
〔神アルティメットだったな〕
〔うん、ナイスプレイ〕
「あ、ありがとうございます!!」
〔直前のジャッカルさんのヘッショもナイスだったよ〕
〔お、おう……。でもあんたのIGLが一番やべーわ。よくあんな盤面見えてんな〕
ジャッカルさんのコメントに首をガクガク震わせ同意する。
間違いなくこの人、とり蔵さんが居なかったら私達は負けていただろう。鮮やかで、洗練された彼の動きは初心者の私から見ても常軌を逸していた。プロの人でもここまで上手い、いや、凄いと思った人はいなかった気がする。
〔ふっふっふ、素直に受け取らせてもらおうか。ありがとう〕
〔ランカーでもあんたレベルは見たことねぇわ〕
「…………」
そして、初めての勝利もあってか私は軽い放心状態だった。
へへへっ、やった。
しかも私の必殺で……嬉しい。
〔じゃーなー、まぁ楽しかったわ〕
ロビーからジャッカルさんが抜けていき、部屋にはとり蔵さんと私の二人が残った。
〔グッドゲーム。じゃ ──〕
「あ、あの!!」
そんな興奮からなのか、安堵なのか、はたまた何か別の感情か。何にせよ完全に気が動転していた私は、とり蔵さんがロビーを抜けようとしたのを呼び止めてしまったのだった。




