六話
「帰ったぞ」
ワィオンより先に、ユティルダが言葉を発した。
「そのイコンがどうかしましたか?」
マクリチはイコンを見たまま答えた。
「良い物だな。この村には不釣り合いな傑作だ。エコノモウ大主教が持つに相応しい――」
「……信心に不釣り合いもないでしょう」
マクリチはワィオンを見て、にたっと笑った。
「半人前が知ったような口を聞くじゃないか。いいか、信仰には位があるんだ。貧乏な平民にはそれに見合った事をすればいい。よく覚えておけ」
ユティルダは一旦言葉を飲み込んで、言葉を発した。
「審査は終わったぞ。この者――ワィオンは聖職者にみ合う行動をした。疑うなら神に問うか?」
マクリチはニタニタしながらユティルダを見て言った。
「聖職者に見合う者……果たしてしてそれはどうでしょうか? 彼は過ちを犯したかもしれませんよ」
ワィオンはマクリチが言っている事の、心当たりが無く、困惑した。ユティルダも戸惑っている。
「マクリチ様! 見つかりました!」
声の方を振り向くと、教会の入り口から司祭がこちらに歩いてきた。ワィオンは司祭に見覚えがあった。村のはずれで見た司祭だ。手には茶色い袋を持っている。
マクリチは司祭から袋を受け取ると、よく確認した。
「……うむ、間違いなく教会の財布だ。どこにあった?」
「あの農夫の荷台から見つかりました」
司祭が指差した方を見ると、先ほどの農夫が警官の横に立っていた。
「どう言う事だ?」
ユティルダはマクリチに詰め寄った。
「教会の者に買い出しを頼んだのですが、財布を擦られてしまったのです。そして、あの農夫の荷車から財布が見つかったのです。つまり、そこの若者は盗人の手伝いをしたのです。ユティルダ様、これは貴女の不手際ですよ」
ユティルダは不敵に笑った。
「えらく詳しいじゃないか。お前が仕組んだんだろう、語るに落ちているぞ」
「ふふふ、私の定奇跡、【天眼】は教会にいる時に使え、その教会の布教範囲内を空から見ることができるのです。主教の私が、試験を貴女に丸投げしたと思ったのですか? 貴方が子供の怪我を治し、彼が誕生日の祝福や墓参りの手伝いをしていたのも見ていました。教会の財布を見つけられたのも、この定奇跡で財布がありそうな怪しい荷車を確認したからです」
「くっ!!」
ユティルダはマクリチが、用意周到に、この状況を作ったことに気付いた。後手に回ってしまったユティルダは、マクリチを糾弾するしか、この状況を切り抜けられない。
ワィオンは冷静にマクリチの言葉を聞いていた。
(甘いなユティルダ。マクリチは、『荷車に財布があった』とは言ってない。別れ際にハッキリと見た訳ではないが、荷車に財布は無かった。マクリチは教会で嘘を付くリスクを知っている――知識は足りんが知恵は回る狡猾な奴だ)
「ユティルダ様、敬虔たる信者の私にその言い草は許せませんね。撤回し、私の教育的指導を受ける、と言いなさい。貴女の美貌に免じて、それで不問にしましょう」
マクリチはユティルダに近づき、腰に手を回そうとした。
ユティルダはマクリチの手を払った。
「ゲスが! 全てお前が仕組んだことだろう! その司祭もグルだ!」
マクリチはニヤニヤと笑っている。
(ユティルダ、それは違う。マクリチは司祭に、『財布を擦られた』と、嘘の証言はさせないはずだ。きっと外部の人間を使って、司祭から財布をスリ、荷車に隠したんだ。犯人は司祭と一緒に居た警官だろう)
ワィオンは教会の入り口で、農夫と一緒にいる警官の顔を確認した。あの時すれ違った警官とは別人だった。
(あの警官がこの場に居れば、証言を得られたのだが――後は、マクリチの失言を狙うしかないが、ユティルダでは難しそうだ――)
「今の発言は流石に聞き捨てなりませんね。もう一度言いますが、撤回しなさい。さもないと天罰を与えますよ」
「望む所だ。私には後ろめたいことなど一切ない」
「では――」
(仕方がない、復讐の時までは使う気はなかったが――)
ワィオンはユティルダとマクリチの間に立った。
「ユティルダ様、あのような安い挑発に乗ってはいけませんよ。彼には私たちを裁く理由は無いのですから」
「っつ! 余計なお世話だ! 私はアイツが許せん!」
ワィオンはマクリチに向かって言った。
「マクリチ様、貴方の指摘が正しいのなら、裁くべき相手はユティルダ様ではなく、私でしょう」
「よいのか? お前はピスティを持っていない、その身で罪を受けることになるぞ?」
「それが信仰なら――」
「何を言っている!? 悪くすれば死ぬぞ!」
ユティルダはワィオンを静止しようとするが、ワィオンは譲らない。
「……そこまでこだわる必要がどこにある? この教会から離れ、別の教会にいけばいいだけだ」
「ユティルダが言っただろ、お前のような背徳者は許せんと」
マクリチはワィオンに指を差した。
「私に対してその不敬、見過ごせません! 不埒な者への罰!」
ワィオンの頭上に雲が現れた。
「この者、何の証拠もなく、聖職者を背徳者と罵った罪!」
ワィオンの頭上の雲が光を帯びた。ワィオンは右腕を上げ、物をつまむように指を曲げた。
「汝が裁かれるのは汝が裁くゆえ、その身で受けろ! 免罪符!」
ワィオンは指をパチンと弾いた。すると、雲から白い光が放たれた。光が向かった先は、マクリチだった。
「馬鹿な!? 何故、私を! 神よ!!」
免罪符はワィオンが犯した全ての罪を赦す。天罰でワィオンを裁こうとしたマクリチは、罪なき者を裁いた罪で、自身に天罰が降った。
マクリチは腰の神成の証を手に持ち、神に祈った。その声は神には届かず、ブローチは光を浴びてどんどん黒くなり、最後には真っ黒になってしまった。
「そっ、そんな……三十年、主教になるのに三十年かかったのに――」
マクリチは項垂れて放心した。




