五話
マクリチはユティルダが持っていた、ワィオンの卒業証書を奪い、内容を確認した。
「……ワィミトリウか、聞いたことないな。親の仕事は何だ?」
「農夫です」
マクリチはワィオンの応えを聞いて、ため息をついた。
(平民か――金にならん聖職者は邪魔なだけだ。適当に落第させるか)
ユティルダは一歩前に出て卒業証書を奪い戻した。
「まだ正式に神品を受けてはいないだろう。主教の振る舞いはよろしくないと思うが?」
「神聖隊が教会の主教をやる方が、よろしくないと思いますが……」
マクリチはジロジロとユティルダの体を見た。彼女は同年代の女性と比べて、腕も足も太いが、引き締まっている。過酷な鍛錬の結果が見える、洗練された体だ。それでいて、女性的な魅力も隠れることなく主張している。
「……まぁ、よろしいでしょう。貴女の意見も受け入れましょう。この者の試験は私が決め、合格に値するかは貴女が審査する、というのはどうでしょうか?」
「……試験の内容によるな」
「昨今は学術ばかりが持て囃されるが、真に聖職者のあるべき姿は、民の救済だ」
ワィオンは彼の表情が、悪巧みをする者の顔だと、感じた。
(言ってることはもっともだが、碌でもないことをさせるための詭弁だろう)
「そこで、彼には善行を行い、ピスティを集めてくることを命じます」
ユティルダは即座に抗議した。
「ピスティは聖職者が集めるもの。まだ聖職者でないのに、ピスティを集めろとは、乱暴な話だ」
ワィオンは二人の間に割って入って言った。
「私はそれで構いませんよ」
二人が揉めて、別の条件を出されるのは、ワィオンには面倒だった。
マクリチはニヤニヤして言った。
「良き心がけです。期限は夕方まで、上手く行くように神に祈っていますよ」
ワィオンは頭を下げて、教会から出て行った。
(彼はピスティを手にいれるには、神枢徳を使うしかないと思い込んでいる。善行は、お年寄りの荷物を家まで運ぶ手伝いでも、少量は手に入る。そもそも、輔祭になるのに、ピスティは必要ない。どれだけ少量でも、神は私に輔祭の資格があると認めるだろう。あの男は首司祭でありながら、その程度の事も分からないのだろうか――)
「おい、待ちたまえ!」
ユティルダが後ろから追いかけてきた。
「話しを聞いてなかったのか? 私が審査するんだぞ」
「ピスティを集めてくるので、教会で待っていて構いませんよ」
「大切なのは、善行でピスティを集めたかだ。それを私が確認する」
ユティルダの指摘はもっともだ。銀鶏の杯でピスティを手に入れる事もできる。
「そうですか、ではよろしくお願いします」
ユティルダは肩で風を切るようにして、ワィオンの前を歩き始めた。
(張り切っているな、彼女が善行を行うのではないのだが――)
二人は困っている人を探して、村を回っていると、道の脇でうずくまって泣いている子供を見つけた。
ユティルダが早足で駆け寄る。ワィオンは遅れて続いた。
「どうした?」
「うえぇーん! 痛いよー!」
子供の泥が付いた足を見ると、血が出ていた。
「じっとしていろ。流血の癒し!」
ユティルダは子供の足に手をかざし、聖恩寵を行使した。黄色い光がユティルダの手から、子供の傷口に粒となって、降り注いだ。子供の傷口はみるみる塞がって行った。
「わー、すっごーい! 痛くなくなちゃった!」
子供はその場でぴょんぴょんと飛び始めた。
「大した量ではないが、血を流したのだから、今日は安静にしておきなさい」
「はーい。お姉ちゃん、ありがとう!」
子供は笑顔で走って行った。ユティルダはその姿を満足げに見送った。
「ひとつ善行を積めたな」
「ええ、ユティルダさんが……」
「……あっ! ああ、あの、君はまだ聖職者として活動したことがないから、私が手本を見せたのだ」
「そうですか。しかし、残念ながら私は聖職者ではないので、聖恩寵を使うことができません」
「うっ! そっ、そうだったな。神品を持ってない者が善行を行う試験は、聞いたことがなかったので……」
ユティルダは顔を赤くしながら、歩き出した。
その後、ワィオンは誕生日の子供に祝福を与えたり、お墓参りを手伝ったりした。ユティルダは後方で腕組みをして、頷いていた。
市場で農夫と娘が、荷車から大量の野菜を下ろしていた。娘はワィオンより一つ年下だった。ワィオンは野菜を下ろすのを手伝い、荷車を一緒に村の端まで押した。村の端で、空が赤くなり始めたので、教会に戻らなければいけなくなった。
「私がお手伝いできるのはここまでのようです。お気を付けてお帰りください」
「こんなにも神父様に手伝ってもらいまして、ありがとうございました」
「いえ、私はまだ司祭ではありません」
「貴方様ならすぐにでもなれますよ! お手伝いありがとうございました!」
農夫親子は手を振って、農場へ帰って行った。
「良い善行の積み方をしたな。日が暮れる前に教会に帰るぞ」
ユティルダは、またワィオンの前を歩き出した。彼女は人の後ろを歩くのが、嫌いなのかもしれない。ワィオンは教会に向かおうと歩き始めた時、警官を連れた司祭とすれ違った。早足で歩くその姿は、先ほどの農夫親子を追いかけているように見えた。
ワィオンたちが教会に帰ると、マクリチはジノワィオチの【イコン】を手に持って眺めていた。イコンはジノ教の宗教画で、基本的に板絵だ。ワィオンはあのイコンが、この教会、そして村の住人にとって、大切なイコンだと気付いた。




