四話
「行ってきます、お母さん」
「気を付けてね、【ワィオン】」
ワィオンは浮きそうになる体を、大きく深呼吸して押しとどめた。聖職者を目指す子供は、修道校に通うことになる。十四歳になると、修道校を卒業し、聖職者試験を受けることになる。それに受かれば、ジノ教の輔祭になれる。前世で司祭になったワィオンには、簡単な試験だ。ワィオンは明日で十四歳になる。
(転生してから十四年、やっと聖職者になれる)
ワィオンは明日が待ち遠しかった。
修道校の教室に入り、椅子に座ると、学友たちが話しかけてきた。
「今日でワィオンは卒業だよね」
「ワィオンはいつも試験でトップだし、絶対に聖職者試験受かるんだろうなー」
「アンタは遊んでばっかだから成績が悪いのよ」
気のいい学友たちと、騒がしい学校とも今日でお別れだ。教室に入って来た先生は、いつもと変わらぬ調子で授業を始めた。このクラスは卒業を間もなくに控えた、学生たちが集まっている。先生は生徒の一人を指示棒でさして言った。
「――それでは、ジノ教の聖職者が使える神枢徳について、説明してください」
「聖職者が使える神枢徳は三種類に分けられています。一つ目は、全ての聖職者が使える【天罰】です。天罰には三種類あり、聖職者の戒律違反を裁く【背教な者への罰】。非聖職者の神への冒涜を裁く【不埒な者への罰】。非聖職者同士での悪行を裁く【卑劣な者への罰】です。二つ目は、神品が上がることで使える力の種類が増え、力の行使にピスティを消費する、【聖恩寵】。三つ目は、人によって力が違う【定奇跡】です」
「よろしい。ではワィオン、神品について説明してください」
「神品はジノ教聖職者の役職を差し、輔祭、司祭、主教の順で階級が高くなります。教会で主教から神品機密を受けることで、上位の神品に叙聖されます」
「はい、よろしい。神品を上げるには、ピスティを増やす必要があります。それでは次の人は、ピスティの上げ方を説明してください」
「ピスティは神への信仰を示したり、善行を行うと上がります」
「補足すると、ピスティは銀鶏の杯を使うなどで、人から貰う事ができます」
(銀鶏の杯――嫌な記憶が蘇る。もう十四年も前の事なのに、鮮明に記憶は残っている)
ワィオンの憂鬱と関係なく、授業は続いていく。
授業が終わると、ワィオンは学長から卒業証書貰った。間違いなく聖職者になれると太鼓判も貰った。
ワィオンは家に帰ると、両親に卒業を祝われた。
「ワィオンなら間違いなく聖職者になれる。この子には神の祝福があるからな」
「またその話ですか」
「そんな言い方してはいけませんよ。貴方は土に埋められるところだったのですからね」
ワィオンは時々、この体の本来の持つ主のことを考える。この子は死産だったのだろう。その体に、私の魂が宿り、息を吹き返した。目の前の優しい両親の愛情を自分が受ける資格があるのだろうか? 受けたからには彼らに恩を返さなければならないのではないか? しかし、自分には使命がある。それを果たすには、この村から去ることになる。この優しく、暖かいワィミトリウ家を捨てて――。ワィオンは自分の進むべき道を、神に尋ねたいと思った。
翌日、ワィオンは朝食を済ませると村の教会に向かった。教会には事前に学校から連絡がいっているはずだ。卒業証書を見せれば、速やかに聖職者試験が始まるだろう。もっとも、輔祭になる試験は、筆記試験の重要度が高く、次に教会の儀式の準備ができるかだ。教徒への実技試験は、輔祭では行われないはずだ。ほんの一、二時間で終わるだろうと、ワィオンは高を括っていた。
幼少期から、通い慣れた教会に入り、司祭に卒業証書を見せて事情を話すと、主教を呼びに行った。ワィオンは待っている間に、改めて祭壇や、黄金鳥の杯まどを眺めた。聖人信仰の杯は、司祭以上の者が作ることを許される。主教以上の杯は、死後も教会に置かれたままだ。ただ、司祭の杯は小さい木彫りの杯で、司祭が亡くなった時、棺桶に入れられる。
(私の杯は棺桶に入れられただろうか――)
ワィオンが物思いに耽っていると、教会の扉が開き、聖職者が入ってきた。歳は四十代、袖口の模様を見るに、服は首司祭のものだ。腰に下げているブローチ、【神成の証】を見るに、それほど徳を得てないようだとワィオンは思った。彼はワィオンを一瞥して、話しかけた。
「ここの者は居ないのか?」
「主教を呼びに行ってます」
「主教? 今、ここの主教が不在なのを知らんのか?」
「そんな説明は受けませんでしたが……」
教会の奥から足音が聞こえてきたので、二人は黙ってそちらを見た。
現れたのは黒い連身服を着た、二十代半ばの女性だった。
「この教会の臨時主教の、【ユティルダ・ユナギオトプロス】だ」
彼女は私の前に立って言った。身体にピッタリと張り付く黒い連身服は、神聖隊の制服だ。腰に下げたレイピアはジノ教軍事部門のシンボルでもある。
私は彼女に尋ねた。
「なぜ神聖隊が主教を?」
「それは私から答えよう」
首司祭は咳払いをして、話し始めた。
「この教会の主教は、五日前に亡くなりました。そのため次に主教が決まるまで、一番神品が高かった彼女が臨時の主教になったのです」
(主教の具合が悪いのは知っていたが、亡くなってしまったのか。私が聖職者になるのを楽しみにしていてくれていたのに――)
「しかし、私、【マクリチ】が主教に任命されたので、彼女の臨時主教は、私が引き継ぎます」




