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三話


 ここ数日、ワィミトリオスは水しか飲んでいなかった。起き上がる事すらせず、寝たままで神に祈ることだけが、彼の一日になっていた。

「おい! 執行の時間だ! 起きろ!」

 看守が牢屋の中に入ってきて、寝ているワィミトリオスを蹴った。それでも起き上がらないワィミトリオスを、二人の看守が抱えて、外に引き()り出す。

 監獄から出る時に、ワィミトリオスは猿轡(さるぐつわ)をされた。そんなものをされなくても、ワィミトリオスには言葉を発する気力は残っていなかった。

 外に出ると、太陽の光が激しく地上を照らしていた。暗い監獄で長く過ごしたので、ワィミトリオスは眩しさからしばらく目を開けることができなかった。

 視界の代わりにワィミトリオスに届いたのは、音だった。遠くに大勢の人の響めきが聞こえる。一歩前に進むごとに声は近付いて、声はとても多くの人たちから発せられているのが分かった。

 裁判所の前の広場には、壇上が設置されている。その中央には大きな二つの木の柱が、太陽光を反射する大きな刃を、支えている。刃から伸びるロープが、壇上の杭に巻かれている。

 ジノワィオチの杯が壊された事は、衝撃を持ってジノ教徒たちに受け止められた。信徒たちの怒りはすさまじく、犯人の公開処刑を求める声は、日に日に高まった。ヴァシリウ大主教はできるだけ内密に事を進めたかったが、他の大主教が、信徒の怒りの矛先がこちらに向くのを恐れて、公開処刑を主張した。結局、ヴァシリウ大主教は公開処刑を決めた。


 看守は広場に着くと、ワィミトリオスを衛兵に引き渡した。衛兵はワィミトリオスを引き摺って、壇上に上げる。ワィミトリオスが姿を現すと、広場に集まった群衆から大きな声が上がった。全員が口々に叫び、地鳴りのようだ。ワィミトリオスがかろうじて聞き取れた言葉は、罵声か呪いの言葉だった。

 裁判官は群衆が暴動化する事を恐れて、速やかに刑を執行するように、衛兵に指示を出した。衛兵がワィミトリオスをギロチンに押し込める。裁判官は大きな声で罪状を読み上げるが、群衆の声でまったく聞こえない。罪状を読み終えた裁判官は、ウンザリした顔で衛兵に指示を出し、後ろに下がった。

 ワィミトリオスは大勢の群衆が自分に向かって、罵声を浴びせる中、神に祈りを捧げた。

 (唯壱の神と人よ。世に裁きの光が降り注ぎますように――)

 衛兵は剣でロープを切った。ギロチンの刃は、風をきる音を立て、ワィミトリオスの首に落ちた。

 


 ワィミトリオスは真っ暗な世界で意識を取り戻した。疲労間はなく、肉体から解放された浮遊感が、死後の世界である事を実感させてくれる。

 そうしていると、白い光がワィミトリオスを包み、頭に言葉が染み込んできた。

 『敬虔(けいけん)なるワィミトリオス、そなたの信仰に応えよう』

 『新たな肉体へと転生し、お前の信仰を世に布教せよ』

 『かつて神が人に与え、そして封じた力の一片を与えよう』

 『その神の力を持ってして、(てき)を討て。汝の復讐を果たせ』

 『これ以後、神はお前を助けない。知恵を使い使命を果たせ』

 『神は罪なき教徒が犠牲になる事を望まない。罰から逃れる、罪深き者を罰せよ』

 ワィミトリオスは光に導かれ、光の先に進んでいった。



 まだ昼過ぎだというのに、日暮れのように暗い。分厚い雲が太陽に光を遮っているからだ。黒い雲は大粒の雨を、大量に地に降らせていた。

 村の中の一軒の小さな家、その家の扉が開き、二人の男が出てきた。

 先頭の男は、大柄で毛むくじゃらの顔を、くしゃくしゃにして泣いていた。両手で抱えた白い布を胸に優しく抱いていた。後ろの細身の男が、大柄の男の肩に手をかけて、話しかける。

「こういうこともあるさ。お前がそんなに落ち込むと、【ラオワィケ】が気に病むぞ」

「ううぅ……こいつは一声もあげる事なく、土に埋められるんだぞ……」

 男は布に包まれた赤子の頬を撫でながら言葉を振り絞った。赤子は人形のように固まって動かない。

 風が強まる、嵐の中、二人の男はスコップを手に持った。

「ラオワィケに子供を見せないほうがいい。別れが辛くなるだけだ。早く埋めてしまおう」

「丘の上の木の下がいい……眺めがいいからな」

 二人が丘に近づくと、風は勢いを増し、天から雷鳴が響く。

「酷い天気だ……神様もその子の死を悲しんでいるのかもな」

 二人は風から身を屈め、丘を登り、木に近づいた。

 ビッシャーン!!!。

 二人が木の側に来た瞬間、雷が木に落ちた。

「うわあぁぁ!!!」

「うひゃぁあぁぁ!!!」

 二人は雷の衝撃でひっくり返った。木は火に包まれて、暗い丘を赤く照らす。

 嵐の風で、木から火の粉が飛びちり、赤子の頬にかかった。

「……オギャ、オギャ、オギャー!!」

「!! おお!! 泣いた! 見ろ! この子が泣いたぞ!」

「本当だ!! 凄いぞ! 奇跡だ! これは神の奇跡だ!」

「オギャー! オギャー!」

「ああ、そうだ! 神よ感謝します!!」

 燃える木が雨で消化されて、黒い姿に変わると、雨と風は止み、厚い雲の隙間から、太陽の光が差した。


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