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一話


 1

 

 夜が明けて空が白む頃、【ワィミトリオス・ワィアマンテス】は白い大理石の廊下で(ひざまず)き、床を拭いていた。ここは【聖ビュザンティオン大聖堂】、()()()の総本山である。

 ワィミトリオスは二十二歳で司祭(イレリアス)になり、ここに配属された。本来、床磨きなどの雑事は、輔祭(ディアコノス)下輔祭(コンディアコノス)が行うことだが、聖ビュザンティオン大聖堂は司祭以上の者しか務めることが出来ないので、一番神品(しんぴん)の低い、司祭が掃除を担当している。その中でもワィミトリオスは新人で、多くの掃除を任されている。しかし、ワィミトリオスはそれを不満には思っていない。なぜなら、聖ビュザンティオン大聖堂で働けることは、とても名誉なことだと思っているからだ。

 ワィミトリオスは農夫の子供として生まれた。貴族などの名家以外が聖ビュザンティオン大聖堂に配属されることはとても稀なことだ。名家の人間は床磨きなどしたがらない。聖ビュザンティオン大聖堂に平民の司祭が呼ばれる理由は掃除係のためだ。名家の人間は、長司祭(プロチエレアス)以上になってから、聖ビュザンティオン大聖堂に勤めるようになっている。

 逆に平民は長司祭へ叙聖(じょせい)されると、聖ビュザンティオン大聖堂から移動させられる。次にワィミトリオスがここで勤めるには、大主教(アルヒエピスコポス)になるしかない。しかし、平民出身の聖ビュザンティオン大聖堂大主教は歴史上に存在しない。ワィミトリオスは自分がジノ教の総本山で働くには、掃除係以外に無いことを理解している。


 廊下の掃除を終えると、ワィミトリオスは礼拝堂で祈りをささげた。大主教とその世話係以外は、大聖堂の隣の宿舎で生活している。宿舎には小さな礼拝堂が作られており、司祭は基本的に大聖堂ではなく、ここでお祈りをする。

唯壱(ゆいいつ)の神と人よ。世に平和の光が降り注ぎますように――)

「ワィミトリオス、ここにいたのですね。掃除は終わったようですね」

 振り向くと、首司祭(プロトプレスビテロス)がこちらに向かって、歩いて来た。

「大聖堂の掃除は終わりました。何か不備がありましたか?」

「手が空いてるのなら、手伝って欲しいことがあります。付いてきなさい」

 ワィミトリオスは首司祭の後に付いて、大聖堂へと戻った。

「貴方には奥本殿の準備を任せます」

「えっ! 奥本殿の掃除は昨日済ませましたし、儀式の準備は主教様たちの役割では?」

 これから行われる儀式は、年に一度のジノ教にとって最も需要なものだ。自分の教会から離れる事の少ない主教が、この日は聖ビュザンティオン大聖堂に呼ばれる。

「大主教様が予定より早く奥祭壇に入ると仰ったので、至急の準備が必要になりました。私や主教様たちは、儀式で使う道具の準備をしなければならないので、貴方には奥祭壇の準備をお願いします」

 明日はジノワィオチの命日、【昇天の日】だ。奥祭壇で昇天の儀式が行われる。儀式は前日、つまり今日だが、今日の日没から、明後日の夜明けまで、三十五時間ほどかけて行われる。儀式に参加するのは四人の大主教と、全国から選ばれた一部の主教だけだ。当然、ワィミトリオスは参加した事はなく、どのような事をやるのかも知らない。

「一般的な儀式の準備でいいのでしょうか?」

「ええ。今、奥祭壇には特別な物は設置されていないので、貴方でも使い方が分かるものしかありません」

 ワィミトリオスは歳がまだ一桁の頃から、地元の教会で、儀式の準備を手伝っていた。通常の儀式なら一人でも準備できる。

「分かりました。お任せください」

 ワィミトリオスは奥祭壇での儀式の準備ができることに悦喜(えっき)した。聖ビュザンティオン大聖堂の中でも、特に神聖なのが奥祭壇だ。そこにはジノ教の開祖、【ジノワィオチ】の遺体が眠っている。大主教以外は、特別な時しか入ることが許されない場所だ。

 (昨日掃除のために初めて入った時ですら、天にも昇る気持ちだったのに、昇天の儀式の準備ができるなんて――)

 首司祭は奥祭壇の扉の鍵を開けると、足早にその場を去った。


 ワィミトリオスは扉を開け、三歩前に進むと立ち止まった。なぜなら、祭壇の上に昨日は無かった道具が置かれていたからだ。

 黄金鳥の装飾が付いた透明の丸い器。ワィミトリオスは記憶の奥深くから、それの正体を思い出せた。

 (ジノワィオチ様の黄金鳥の杯だ、もう設置されていたのか――)

 すると、黄金鳥の杯が祭壇の上を転がり出し、祭壇の上から落ちた。

 パリーン!!!

 奥祭壇の中を大きな音が反響し、扉の外の廊下まで音は伝わった。ワィミトリオスは割れた黄金鳥の杯を見て、呆然と立ち尽くした。

「なんの音だ!?」

 声を上げて奥祭壇に入って来たのは、【ヴァシリウ】大主教だった。白と金の祭服を着て、頭には宝冠(ミトラ)、手には権杖(けんじょう)を持っている。胸のブローチが白く輝いていた。

「なんと!! 黄金鳥の杯が割れている!!」

「なんだと!! 本当か!?」

 後ろから次々と大主教が現れた。

「ジノワィオチ様の杯が割れるなど……」

「お前、なんということをしたのだ!!」

 ワィミトリオスは違和感を感じた。割れた黄金鳥の杯に近づいて、違和感の正体に気付いた。

 黄金鳥の杯は【聖人信奉(せいじんしんぽう)(うつわ)】と呼ばれ、この杯が教会や神殿の祭壇に設置されると、杯の聖人が祈られた時、杯に【ピスティ(信奉)】の溜まる。ジノワィオチ様はジノ教徒に一番多く祈られている聖人だ。杯の中には大量のピスティが溜まっている。だが、この杯からは、割れた時にピスティが漏れ出さなかったし、破片からも感じない。

「……これは偽物だ! ピスティのない杯が本物のはずがない!」

「こいつ! 自分の罪を逃れるためになんたることを!」

「衛兵! この罪人を連行しろ!」

 白と金の祭服を着た四人の大主教たちを、割って入るようにして、黒い外衣(ウエクサ)(まと)った衛兵が二人、奥祭壇に入ってきた。ワィミトリオスは二人の衛兵に、片腕ずつ掴まれ、連行された。

 ワィミトリオスが連行される時、廊下には衛兵以外、誰もいなかった。

(四人の大主教が従者を誰も付けないなんておかしい――)

 ワィミトリオスはこの茶番が、大主教たちが仕組んだものだと分かった。そして、自分にはこの苦境から、逃れるすべがないことも、理解した。


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