十八話
その朝は、いつもより神々しい朝日が輝いていた。
アイア教会では、トフィロウ府主教を中心にして、教会の聖職者全員で祈りを捧げていた。
中でもワィオンは周囲の人物が見えず、教会に自分一人の存在しか感じないほど、集中して祈っていた。
(唯壱の神と人よ。世に裁きの光が降り注ぎますように――)
誰もが普段とは違う、緊張した面持ちのまま、祈りを終え、朝食の準備を始めた。準備中にロッタリア大教会から輔祭が訪ねてきた。知らせを聞いた主教はトフィロウ府主教に伝えた。
「大主教様が、浮浪者への炊き出しを、今日から行うようにと、申し渡してきました」
「あら……大主教様も慌ててらっしゃるわね」
「今更こんな事をしても、奴の本性は誤魔化せん」
アイア教会には次々と、食料を持った、ロッタリア大教会の聖職者がやってきた。
「人を外に割いてくれましたね。これで大教会は手薄になるでしょう。ヤナのおかげですよ」
「ワィオン様の役に立てて良かったです!」
トフィロウ府主教は主教と言葉を交わし、教会の前で待つワィオンとユティルダの元に来た。
「準備は終わりました――それでは、参りましょう」
「ヤナはここで炊き出しに協力してください」
「えっ! ヤナもお供します!」
「付いてきても邪魔なだけです。ここで手伝うことが、貴女の役目です」
「……分かりました、炊き出ししながら、ワィオン様の事を伝道します!」
「それはもういいのですが……まぁ、よろしくお願いします」
ユティルダを先頭にして三人はロッタリア大教会に向かった。
事前にロッタリア大教会には手紙を送っており、トフィロウ府主教は問題なく中に入れた。トフィロウ府主教が面会を申し入れたのは、エコノモウ大主教ではなく、風紀委員会だった。エコノモウ派の、首司祭は渋ったが、ユティルダをが一喝して案内させた。
風紀委員たちは、トフィロウ府主教の訪問に驚いたが、次の言葉にさらに動揺することになる。
「私はエコノモウ大主教を糾弾します。彼は自身の影響力を強めるために、邪魔者に濡れ衣を着せて排除するように、司祭に命じています」
年配の風紀委員が、動揺を隠すようにして言った。
「トフィロウ様、まずは手続きをしてもらわなくては――」
「必要書類は揃えています」
トフィロウ府主教は、エコノモウ大主教の、告発状を提出した。
「これは受け取っておきます。審査が行われるまでお待ちくださ
「いいえ。これは重大な問題です。今日、この場で判断してください」
「それは――」
「私の言葉を聞き、エコノモウ大主教への、尋問が必要か判断してください――真言無妄」
トフィロウの定奇跡は、自らの言葉を聞かせた相手に、嘘偽りの無い、真の言葉として受け止めさせる。相手はその言葉を、嘘だと疑えない。
「皆さん、今のロッタリア地方の住民は、真にジノ教から救われているでしょうか? エコノモウ大主教は、救うべき者を選別しています、それはジノワィオチ様の教えでしょうか? 皆さん、自分の信仰に、正直になってください。その姿を神は求めています」
風紀委員の中には、エコノモウ大主教が前言を撤回し、炊き出しを始めたことに、自らの信仰より、目先の利益のための行動だと、思った者が多かった。トフィロウの求めに応じて、風紀委員の採決が行われ、エコノモウ大主教への尋問が、正式に採択された。
「では、エコノモウ大主教を呼びましょう――ワィオン様、エコノモウ大主教を呼んできてください」
「承知しました――」
トフィロウを残して、ワィオンとユティルダは、大主教室に向かう。ユティルダは三日前に来た時と違って人が居ないと思った。皆、炊き出しに駆り出されたのだろう。廊下を曲がり、大主教室が見えると、立ち塞がるようにシティリアノが待っていた。
「今日だと思ってたぞ。感は良い方なんでね」
「どけ、エコノモウ大主教は風紀委員会により、尋問される」
「ふん、出ていくのはお前たち部外者だ」
「私はトフィロウ府主教の要請により、エコノモウ大主教を連行します」
「大主教の護衛として、権限の無い者は通さん!」
ワィオンは大主教室へと向かう。シティリアノはそれを止めようとしたが、ユティルダがレイピアを突いてきた。シティリアノは横に避けながら、自分のレイピアを抜き、ユティルダのレイピアを払った。
「私はワィオンの護衛だ、彼に手を出させない!」
ワィオンは二人を廊下に残して、大主教室へと入っていった。
「いいのかユティルダ……お前、死ぬぞ!」
「ふっ! どの口が! お前はジノ教徒との実践経験はないだろ」
「お前の実践経験も誇れるものじゃないだろ! 敗走者狩りのユティルダ! 逃げない敵に勝てるのか!」
シティリアノはユティルダに向かって突進してきた。ユティルダはシティリアノに向かってレイピアを突き出す。それを予想していたように、シティリアノは唱えた。
「身岩石!!」
シティリアノの腕とユティルダのレイピアが当たった瞬間、金属音を立てて、レイピアは弾かれた。ユティルダはシティリアノの突進を止められず、壁に押し付けられた。シティリアノの体は岩の如く硬くなった。
「ハハハ、お前などこの程度だ! ユナギオトプロス家に産まれてなければ、神聖隊にもなれんさ! 家名を汚して死ね!!」
ユティルダは右手のレイピアでシティリアノの体を受け止め、左手の人差し指をシティリアノの右腕に当てた。
「岩裂の示し!」
ユティルダが唱えると、シティリアノの右腕から光が放たれた。
「ぐわあああ!」
シティリアノは絶叫を上げて崩れ落ちた。彼の右腕は不自然な形に曲がっていた。
「馬鹿な! 聖恩寵で人を傷付ける事は出来ないはずだ!」
「私が傷付けたのは岩だ、人の腕ではない」
「そんな屁理屈が――」
「神は私の理屈を認めたようだぞ。諦めてお前が見て見ぬ振りをしてきた、エコノモウの罪を証言しろ。そうすれば命だけは助かるぞ」
「くそっ!」
シティリアノはユティルダに背を向けて、逃げ出した。
「――十聖痕!」
ユティルダはレイピアをシティリアノの背中に向けて、十字に斬った。すると、二十メートル離れたシティリアノの背中が十字に白く光った後、赤い血が吹き出した。シティリアノは大教会の廊下に倒れ、ピクリとも動かなくなった。
「咎人よ、十字架を背負って眠れ――」
ユティルダはレイピアを鞘にしまった。
大主教室では、エコノモウ大主教が従者と共に、書類を作成していた。
「おやおや、ノックも無しに人の部屋に入るものではありません
「エコノモウ大主教、貴方が査問会にかけられるか、風紀委員が尋問します」
「……ふふ、浅知恵ですね。私に罪はありません、誰も私を裁けませんよ」
「その傲慢な思い違いがお前の罪だ。査問会にかけられれば、証人は真実しか話せない、お前に指示されたことが明白になるぞ」
「私はジノ教の一般論を言っただけ、どう捉えたかは相手次第。そこに私の罪はありません」
「……神がそれを罪だとしたから私はここにいる!」
「ふふ、若き輔祭が神の意思を語るなど、畏れ多いですよ」
「お前には畏れなどないのだろな、エコノモウ!! 貴様はジノワィオチ様の偽の杯を作り、それを壊した! そして、罪なき者に濡れ衣を着せて、処刑した大罪があるぞ!!」
エコノモウ大主教は机を両手でバンっと叩くと、勢いよく立ち上がって、ワィオンに指を向けた。
「天罰! 背教な者への罰! 証拠なく断罪した罪!!!」
ワィオンとエコノモウ大主教の間に、白い雲が現れた。
「あまりに粗暴な言葉! 神が私を咎人とするのなら、この天罰は私に降り懸かるだろう! だが、裁かれるのはお前だ! つまらぬ妄言の責任を取って死ね!!!」
「エコノモウ、お前の罪を証明するのは、私ではない! この御方だ!!」
ワィオンは右手を上にあげた。
雲から光がワィオンに向かって放たれた。それを見てエコノモウ大主教は卑らしく笑った。
「復讐するは我にあり、我これに報いん――免罪符!」
ワィオンはそう高らかに叫ぶと、指をパチンと弾いた。放たれた光はワィオンの体を、渦を巻くように回り、エコノモウ大主教に向かって飛んでいった。
「ばっ、馬鹿な!! なぜ私が裁かれる!! 証拠など無いはずだ!!!」
エコノモウ大主教の胸にかけられた、神成の証はあっという間に真っ黒になった。それでも光は消えることなく、エコノモウに纏わり付いた。
「ううぅ……私は、大主教だぞ……」
天罰の光が消えた時、エコノモウの息が絶えた。




