十七話
染料に塗れたサンドロを、二人の警官が樽の下から引き摺り出した。ワィオンは警官に言った。
「彼は俗人にも被害を与えましたが、職務ゆえのこと、二日間の禁固刑で済ませてください」
「しかし……大主教の許可なく、神聖隊を逮捕して大丈夫でしょうか?」
「彼が目を覚ました後、大主教に知らせれば問題ありません。何かあれば責任はトフィロウ府主教が取ります」
トフィロウ府主教の名前を出されたので、警官たちはそれ以上なにも言わず、サンドロを連行していった。
ムラトは小さい声でワィオンに言った。
「トフィロウ府主教の名前を出して、大丈夫でしょうか?」
「必要な事です。影響力とは知名度ですから。ロッタリア都の全域で、トフィロウ様の名が出ることが望ましいのです」
ワィオンたちはムラトの案内でピンドス教会に向った。ピンドス教会は他の二つの教会より豪華な外観だった。
「はえー、なんかデコボコって感じですねー」
「壁に隙間なく装飾が彫られていますね……掃除が大変そうです」
「主教の趣向です。ステリオチ・エコノモウ様は美術に大変興味がおありで……教会の中に各地から収集した、美術品が飾られています」
(そう言えば、マクリチが村の教会からイコンを、持ち出そうとしていたが、ここに送るつもりだったのかも――)
「あれれ! ワィオン様、ブローチが黒くなっていますよ!」
「ああ……先程、聖恩寵を使いましたからね。ムラトとは意見の対立はありましたが、彼は咎人ではないので、倒しても善行にはなりませんから」
「それじゃ使い損ですね」
「ヤナ、善行は積むものですが、ピスティは積むものではなく、救済のために正しく使うものです」
「!!」
ムラトはワィオンの発言が、自分の知る若い聖職者たちと、かけ離れていたので驚いた。
「ピスティを惜しんでは、布教など出来ませんよ」
「はえー、ブローチはピカピカの方がいいと思ってましたが……難しいのですね」
「ええ……信仰の在り方は複雑で難しいのです。それを理解しただけ、ヤナは優秀ですよ」
ピンドス教会の中に入ると、祭壇は金の装飾でピカピカ光り、壁には大小沢山のイコンが飾られていた。椅子に座り、スケッチしている俗人もいた。
教会の司祭がムラトに近づいてきた。
「ステリオチ・エコノモウ様は不在ですが、何か御用で?」
ワィオンにとって、主教が不在なのは都合が良かった。ワィオンはムラトより先に言葉を発した。
「私はトフィロウ府主教の使いです。トフィロウ様の信仰をお伝えしたく参上しました」
教会の中にいた、聖職者たちが騒ついた。ムラトは居心地が悪そうに、一歩引いた。
「皆様はロッタリア都の現状についてどう思われですか? 弱者を見殺しにし、強者を肥やす、これがジノワィオチ様の教えでしょうか?」
その後もワィオンの説法は続いた。若干十四歳の輔祭とは思えぬ、堂々としていて淀みのない説法に、その場にいた全員が手を止めて、ワィオンの言葉に耳を傾けた。ワィオンの説法が終わり、教会を出る時、まばらながら拍手が送られた。
教会に戻り、礼拝の手伝いをしていると、ムラトが話しかけてき
「ワィオン様、貴方はただの輔祭ではありませんね……一体何者ですか?」
「――時が来れば、貴方が知ることもあるでしょう。今の私はただのジノ教徒の一人にすぎません」
ワィオンは明言せずに、今の自分に、輔祭ができることを行なった。
翌朝の夜が明けぬほどの早朝、ユティルダは教会を訪れた。すでにワィオンは目覚め、祭壇で祈っていた。
「ワィオン、早いな」
「都合が悪ければ、私は明日、死ぬでしょう。死して心残りは、神に祈れなくなることだけです」
「……メラニアは今日の夕刻に着くようだな」
「明日の手筈は、その時にお話ししましょう」
「神聖隊のサンドロの件は私の耳にも届いた……他の件で私にできる事はあるか?」
「無理のない範囲で、味方を増やす努力をお願いします」
「それで勝てるか?」
「いえ、これは勝った後にトフィロウが統治しやすいようにで
「……それでは夕刻」
「ええ、お気を付けて――」
朝食を済ませると、ワィオンはヤナと二人でテンペ教会の近くにある、浮浪者の集落に向かった。ワィオンは二日前と同じように、パンを増やし、浮浪者に与えた。
「ヤナ、私にできるのはここまでです。後は貴女に託します」
「えっ! ヤナはパンを増やせませんよ?」
「そうではありません、ヤナの役目を果たすのです。ロッタリア都の住民に、トフィロウ府主教の弟子である私が、飢えた者を助けていることを、広めるのです」
「なるほど! 伝道師ヤナ、がんばります!」
「夕食には教会に戻るのですよ」
ワィオンはヤナと別れると、アイア教会で主教とムラトに、ロッタリア大教会での、査問会の手続きについて確認した。ロッタリア大教会にはロッタリア全土の、聖職者を管理する風紀委員会が常備されていて、そこの委員が調査が必要だと判断した時、対象者に尋問し、査問会にかけるか決める。
夕刻、トフィロウ府主教がユティルダと共に、アイア教会に着いた。
ワィオンは二人に明日の予定を話した。
エコノモウ大主教は、一人、寝室で夜食を取っていた。ドアをノックして首司祭が部屋に入って来た。
「市井の話では、トフィロウ府主教の手の物が、浮浪者に食べ物を与えているとのことです」
「ふむ……炊き出しを許可します。明日の朝から、ロッタリア都の全ての教会で、実施するように。食料はロッタリア大教会から出します」
「よろしいのですか?」
「神聖隊の一人が、不手際を起こしました……これ以上トフィロウ派を勢い付けたくはありません。大主教の任期が更新されるまでの、わずかな間の、恵ですよ――」
「明日の朝からでは準備が間に合いませんが?」
「ロッタリア大教会の聖職者を、手伝わさせなさい。一時のことです。時間さえあれば、神聖隊に圧力をかけ、ユナギオトプロスの娘を、トフィロウから引き剝がせます。そうなれば、トフィロウ一人、簡単に対処できます」
エコノモウ大主教は、蠟燭の火に照らされて、白い肉汁を光らせる、牛肉を頬張った。




