十六話
朝を迎え、アイア教会で祈りを終えたワィオンに、主教が話しかけてきた。
「トフィロウ府主教から手紙が届きました。明日の夕刻にロッタリア都に着くそうです」
「そうですか。遅くならず、良かったです」
ワィオンはムラトを見つけ、話しかけた。
「ムラト様、教えていただきたいのですが、この街の浮浪者は、昨日いたところだけでしょうか?」
「いいえ、街の工業区域にも集まっています」
「そうですか。それでは今日はそちらに向かってみましょう。それと、ピンドス教会も、訪ねてみましょう」
「ピンドス教会の主教は、エコノモウ大主教の甥、【ステリオチ】様ですが……」
「構いません。彼は味方にならなくても、他の信徒たちが味方になってくれるかもしれません」
「それなら、テンペ教会の方が、可能性が高いと思いますが?」
「そちらはトフィロウ府主教だけで、説得できると思います。我々はピンドス教会に種をまいておきましょう」
ワィオンは朝食を済ませると、工業区域までムラトに案内してもらった。工業地区を見渡せる、坂の上で、ムラトが指をさして言った。
「見えますか、あそこが浮浪者の集まりです」
大きな倉庫の間に、小さな小屋が複数立っていた。小屋の周りには、汚れた服を着た、俗人たちが、力なく座ったり、寝たりしていた。
「はえー、こっちにも沢山いますね。ワィオン様、彼等にもパンをあげるのですか?」
「ええ。エコノモウ大主教のやり方を、否定する必要もありますからね」
「あの方たち全員にパンをあげるのは、時間がかかるでしょうね」
「いえ、私の定奇跡、麺麭増大は、一日に一度しか使えません。ほとんどの定奇跡は短期間で複数回使用すると、命を縮めます」
「はえー! 定奇跡は命がけなんですね!」
「人の力を超越した奇跡ですからね」
「【マヨリの福音】によれば、ジノワィオチの娘、【ジコリ】様は、乾いた大地を癒すために、雨を降らす定奇跡を使い、命を落としました」
「自身の命をかければ、定奇跡はそれに応え、強力な力を発揮するのです」
「……ワィオン様、パンを増やしすぎないように、気を付けてくださいね」
「ええ、私には果たすべき使命があります。まだ死ねません――」
ワィオンは浮浪者の集落で、昨日のように飢えた者にパンを与えた。彼らはパンを分けあった。過酷な環境の中で、浮浪者たちは支えあっていた。ワィオンは再びここに訪れることを約束し、その場を去った。浮浪者たちはワィオンの姿が見えなくなるまで、感謝の言葉を止めなかった。
ワィオンはムラトの案内でピンドス教会に向けて、工業地区の中を歩いて行く。
「あれ、ワィオン様のブローチ、光が強くなってませんか?」
「ええ、善行を積んだので、ピスティが増えたのです」
「はえー、凄いですね。ワィオン様ならすぐにピカピカになりますね!」
「ところで、この辺りは工業地区と言うわりには、汚れてませんね」
「ここで作られる工業製品が、食品加工に使うものが多いからです。街の中心地の近くは、食品の加工場もありますよ」
「食べ物があふれるばかりにある街で、飢えた者がいるのは悲しいことですね――」
「それが神を愛さず、神に愛されなかった者の末路だ」
ワィオンの行き先を塞ぐように、サンドロが現れた。
「昨日の警告は無視したようだな?」
「今日はテンペ教会には近づいてませんよ?」
「大主教がこの街で施しの禁止をしていると、言ったはずだ」
「だとしても、ここは貴方の管轄外では?」
「私はロッタリア都に派遣されている、この街の全てが管轄だ。お前を査問会にかける、付いてこい」
サンドロはワィオンとの距離を詰めた。
「……明日こちらからテンペ教会に、向かおうと思っていたのですがね――」
「明日まで待つ気は無い!」
「私を査問会に取り立てるなら、召喚状を見せなさい」
「輔際が偉そうに! こっちには職務遂行の権限がある! 力づくで連れていく!」
ワィオンはヤナとムラトを巻き込まないように、そばにあった倉庫に逃げた。倉庫には独特のにおいが漂っていて、作業員が大きな樽を運んでいた。
サンドロはワィオンを追いかけながら、腰のバッグから尖った石を取り出した。
「咎人を滅せよ! 石撃滅!!」
サンドロが投げた石は、風を切りながら、ワィオンの頭部に迫った。ワィオンは倉庫に置かれていた、鉄製のテーブルプレートを拾い、飛んでくる石に振りかぶった。石は弾かれ、二階の樽に当たり、中から青い染料が漏れ出してきた。二階には手すりがない。樽を簡単に一階に運ぶためだろう。作業員たちは騒ぎに巻き込まれないように、倉庫の奥へと逃げていった。
「俺の定奇跡は一日に十度は使えるぞ。何度逃げれるかな――石撃滅!」
サンドロは、二つの石を投げてきた。
ワィオンは二階から落ちてくる、染料に手を当てた。
「水上の恩寵!」
ワィオンは聖恩寵の力で、まるで青い染料のロープに、引っ張られるように、二階へと上がっていった。サンドロが、投げた石は、ワィオンの靴をかすめて、飛んでいった。
「くだらん事をせずに下りてこい!!」
「私より先に、下りてもらう物があります」
ワィオンは染料が漏れ出した樽を、横に倒して蹴った。転がった樽は、一階へと落ちていった。
「うわぁぁ!!」
サンドロの叫び声の後に、グシャっと大きな音が聞こえた。ワィオンは階段から一階に下り、倉庫に置かれていた木槌を手に持った。
「くそっ! 神聖隊を舐めやがって!!」
サンドロは覆い被さられた樽を、どけようともがいていた。ワィオンは、サンドロの頭を、ポカリと木槌で殴った。
「ぐえあっ!!」
サンドロは、情けない声を上げて、気絶した。
「ムラト様、警官を呼んできてください」
固唾を飲んで見守っていたムラトは、頷いて走っていった。
ヤナはサンドロに向かって舌を出した。




