十五話
「なにをしている!!」
大声で叫んだのは、男の神聖隊だった。歳は三十代中盤、威圧的にワィオンに詰め寄ってきた。
「お前、よそ者だな!」
「名もなき村から参りました、ワィオンと申します」
「お前の名前など、どうでもいい! ここはテンペ教会の管轄で、私が管理を担当している! 勝手なことは許さん!」
「これはおかしな事を、飢えている者を救うのは、ジノ教の本分です」
「輔祭ごときが知ったふうな口を聞くな! コイツらは救う価値のない者たちだ! 働きもせず飯を食うなど、怠慢の罪だ!」
「腹を満たしながら、働かぬ者は怠慢でしょうが、怪我や病気をして働けず、飢えた者を怠慢とは、傲慢な考え方です」
「これはエコノモウ大主教の判断である! 輔祭の浅知恵で何が分かるか!」
「輔祭ですら分かる話を、分からぬ者が、問題なのではありませんか?」
「貴様!!」
男は腰のレイピアに手をかけた。
「おやめなさい! 暴力をふるうなら、罪を問いますよ!」
ムラトがワィオンの後ろから、男に指を差した。
「くそっ! この事は主教に伝える! 査問会は避けられぬことと思えよ!」
「もし、お名前を聞いておりません」
「……【サンドロ】だ! 謝罪する時まで、忘れるんじゃないぞ!」
サンドロはテンペ教会に入って行った。
「参りましたね。彼は本気ですよ」
「彼の事は問題ありません。それより――こちらの方は早急に対処が必要なようですね」
ワィオンは浮浪者の集落を見渡した。浮浪者たちは、サンドロを恐れて、小屋の中からこちらの様子をうかがっている。
「飢えた病人を放置するのが、エコノモウ大主教のやり方なら、断罪に値すると言えるでしょう――」
ムラトはワィオンから漂う、冷たい空気にゾクリとした。
ロッタリア大教会で、エコノモウ大主教との面会を申し入れた、ユティルダが通されたのは、食堂だった。
中に入ると、エコノモウ大主教は司祭や俗人と、お茶を飲んでいた。
大主教の胸の神成の証は、白い光を力強く放っていた。
「ユティルダ様、お疲れ様でした。貴女もお茶を、召し上がってください。私の手作りクッキーは、夕食前に食べてもよいものですよ、どうぞ遠慮なく」
ユティルダを案内した輔際が椅子を引いたが、ユティルダは立ったまま話した。
「私が派遣された村の、新しい主教候補マクリチと、アグラニケ神殿に派遣したモラチ司祭。その二人は、ジノ教徒にあるまじき行いをしたので、私が天罰を与えた」
ユティルダの言葉に、司祭たちは動揺した。しかし、エコノモウ大主教の態度に変化はなかった。
「それは残念な事です。ユティルダ様の手を煩わせて、申し訳ありません」
「……ハッキリ言うが、エコノモウ大主教、貴方のやり方にはもう辛坊ならん! お前の罪を白日の下にし、その座から引き摺り落としてやる!」
「穏やかではありませんね。私はただ、ジノ教のために生きるのみ」
「今日の話はこれで終わりだ。次に会う時は、お前は大主教では……いや、聖職者ですらなくなるだろう」
エコノモウ大主教は、クッキーを一口食べて言った。
「ユティルダ様も、家名を傷付けぬように、ご注意ください」
ユティルダは憤慨しながら食堂を後にした。
「大主教様、府主教と全面戦争になりそうですな」
エコノモウ大主教は俗人の問いかけには答えず、従者に手で指示を出した。従者は水の入ったワインボトルを、エコノモウ大主教の元に持ってきた。エコノモウ大主教はワインボトルに手をかざした。
「血は赤く」
エコノモウ大主教がそう唱えると、水はみるみる赤くなっていった。
(なにがジノ教のために生きるだ!! 私とメラニアを濡れ衣で、追放しようとした者が!!)
ユティルダは大股歩きで、ロッタリア大教会の出入り口に向かい闊歩する。
「ユティルダ、悪いことは言わない、家に帰れ」
ユティルダを呼び止めたのは、男の神聖隊だった。名はシティリアノ、エコノモウ大主教の護衛が彼の任務だった。
「お前はあの蛮行を見て、何も思わないのか?」
「俺はお前と違って平民上がりだ。やっとの思いでここまできたんだ、俺の出世を邪魔するなよ」
「エコノモウは失職するぞ……いや、命を落とすかもしれんな。もし、お前が奴を守ろうとするなら、お前も命を落とすぞ」
「……お前の大主教への不敬は、お前の父親に伝える。神聖隊の領分を超えて行動する、お前の事を放っておくかな?」
「忠告はしたぞ。欲深い者は死ぬ――」
そう言い残すと、ユティルダはロッタリア大教会から出て行った。
ワィオンたちはアイア教会に帰り、夕食を頂いた。ムラトが教会の入り口を見ながら、つぶやいた。
「ユティルダ様はいらっしゃいませんね」
「彼女には囮を引き受けてもらっています。我々はトフィロウ府主教が、おいでになるまでに、エコノモウ大主教と対決する、準備を終えなければならないので――」
「私にはどうすればいいか分かりませんが、なにか妙案が?」
「彼に不義があるのは間違いありません。後は、追求できる状況を作れるかです」
「大主教はジノ教の業務だけでなく、ロッタリア政府との協議も多いので、とても多忙です。そのため、司祭が大主教と訪問者の間に入って、話を聞く形になっています」
「府主教であれば、会えるのではありませんか?」
「ええ。しかし、一人で訪ねてくるように求められるでしょう。ユティルダ様を警戒しているでしょうから……」
「それは避けたいですね……トフィロウ様が同伴者と共に、大主教と会う方法は、ありませんか?」
「そうですね……大主教が非協力であるのなら、査問会が一番手取り早いかと」
「府主教が査問会を要請すれば、開かれますか?」
「いいえ、ロッタリア大教会にいる、風紀委員の承認が必要です。しかし、委員は全員、大主教派なので、通らないと思われますが――」
「それならば心変わりさせればよいのです。正しい道を歩んでいるのは、こちらですから」
その後、ワィオンは黙って食事をした。村の教会で出される食事とは、比べ物にならない味と量だったが、飢えていた浮浪者の事を思い出して、ワィオンは食事が進まなかった。ヤナはワィオンの分まで食べた。




