十三話
主教室でワィオンは、トフィロウ府主教に自身の素性を話した。その場には、ユティルダだけが立ち会っていた。
「――なるほど、あの力は神から授かったものなのですね。定奇跡ではなかったようですし、天罰に影響を与える力を、神が与えたのは、ジノワィオチ様以外にはいませんでしたが――」
トフィロウは椅子から立ち上がると、ワィオンに向かって跪き、ワィオンの手を取った。
「貴方を神に選ばれた人と認めます。私を窮地からお救いくださった、その威光を讃えます。私は貴方の教徒として、全てを捧げることをここに誓います」
トフィロウはワィオンの手に口付けをした。ユティルダは固まって、その光景を見ていた。
「トフィロウ、私が貴女に望むことが二つあります。一つは、エコノモウ大主教と戦う手伝いをしてもらいます。もう一つは、エコノモウ大主教に代わりに、大主教になってもらいます」
「……私に大主教が務まるでしょうか?」
「周囲の声を聞きなさい。神の声を聞かずとも、答えは出ます」
「分かりました。もう迷いません」
トフィロウは立ち上がり、府主教の机の椅子に座り筆を取った。
「ワィオン、あの司祭が不正を行うとなぜ分かった? それも、神の力か?」
「……ユティルダ様、マクリチが貴女を貶めようとしたのは、彼の独断だとお思いですか?」
「!!」
「ユティルダ様は、トフィロウと親交があります。トフィロウを孤立させるために、ユティルダ様をジノ教から、追放するように彼はエコノモウ大主教から指示されていたと、考えるのが自然でしょう」
「――」
「だとすれば、モラチが何事もなく帰るとは思えません。大主教の任期が切れる前に、トフィロウを追放する必要がありますからね。後は、彼の行動から、仕掛けを推測したまでです」
「ワィオン様、これを――この手紙を見せれば、ロッタリア大教会にいる、私と親しい者は、ワィオン様に協力します」
「ありがとうございます。私たちはモラチの代わりに、牛肉をロッタリア都へ届けます」
「私は大主教を目指すことを公言し、根回しした後、すぐにロッタリアへ向かいます」
「それでは、準備があるので失礼します」
ワィオンが部屋から出ると、トフィロウはユティルダに話しかけた。
「何を迷っているの?」
「……メラニア、私はお前を守れなかった。アイツと同じものを見ながら、何も分からなかった――」
「ワィオン様は、見た目よりずっと歳上ですから、仕方がないでしょう。それに、人には得意、不得意がありますよ」
「メラニア、なぜアイツを信用できた? 助けてもらったからか?」
「ユティルダ、あの方は貴女と同じですよ。自分の信仰を迷わず突き進んでいます。損得や傷つく事を恐れ、自分の信仰から目を背けた私には、導きの光です」
「……私には分からない。私はジノ教を守らなければならない」
「ユティルダ、貴女が私の定奇跡を、『優しい者が使う力だ』と、言ってくれたから、私は府主教になれました。次は大主教を目指します、私は大主教に相応しいですか?」
「……ああ、お前がなるべきだ。次は守ってみせる」
メラニアはユティルダに寄り添った。
ワィオンが部屋から出ると、ヤナが遠くの椅子に座って、本を読んでいた。ヤナはワィオンを見つけると、近づいてきた。
「ワィオン様、神父様から聖書をいただきました」
ワィオンは、ヤナが手に持つ本を見て言った。
「それは聖書ではなく、福音書ですね。まぁ、そちらから読んだ方がいいでしょう」
「ええー! 聖書以外にも、こんな分厚い本を読まなければいけないのですか?」
「ええ、聖書はロオット教を元にして、エーゲ連邦国の人々が信仰しやすいように、ジノワィオチ様が編集されたものです。福音書はジノワィオチの功績や、ジノワィオチ様が神と交わした、契約について書かれています。他にもトロモンの書などがあり、それは神の意思について書かれており、天罰や聖恩寵に関わるので、常に研究され、定期的に更新されています」
「はえー、聖書以外にもいろいろあるんですね」
ワィオンは調理場で、携行食を調達した。司祭は感謝として、四キログラムのチーズを渡してきたが、持ち運ぶのに重いので、少しだけいただいた。ヤナはチーズを恋しそうに見ていた。
神殿の前では御者が牛肉を運ぶ準備をしていた。荷台に荷物を並べ上に布を被せ日除の屋根を取り付けた。
「牛肉を運ぶのは、とっても厳重なんですねー」
「肉が腐らないように、氷が入ってますから、溶けないように、気をつけてるんですよ」
「私は肉より氷の方が、貴重だと思います」
「村では氷は貴重品でしたからね。しかし、定奇跡の中には水を凍らせるものがあるので、都会では夏でも氷が新しく手に入るのです」
「はえー、都会の聖職者様すごいですね」
業者が準備を終えた頃、ユティルダがやって来た。
「準備は終わったか?」
「ええ、こちらは問題ありません」
「……では、ロッタリア都へ向かうぞ」
ワィオンたちはアグラニケ神殿の信徒たちに見送られ、アグラニケを去った。
栄えた街並みのラリサ市を、ヤナは興味津々であったが、立ち止まる事なく通過した。
翌日の夕方、ワィオンたちはロッタリア都へと辿り着いた。




