十一話
神殿に入ると。聖職者たちが落ち着きなく、掃除をしていた。ユティルダは怪訝そうな顔で、神殿の中を見渡して言った。
「おかしいな……公奉神礼の時間が近いのに、準備が終わっていない」
一人の輔祭がユティルダの元に、走ってきた。
「ユティルダ様、トフィロウ様に会いに来られたのですか?」
「ああ、メラニアはどうしている?」
「それが……ロッタリア都から司祭様がいらしていて――」
「ふんっ! エコノモウ大主教の嫌がらせか!」
「大声で言われない方が――」
「応接室だな。同席させてもらうぞ」
「騒ぎを大きくしないでくださいね」
ユティルダは返事をせず、神殿の奥に入っていく。
「ワィオン様、どうしましょう?」
「ついていきましょう、ユティルダ様は頭に血が昇りやすいので――」
(しかし、輔祭の態度を見るに、ユティルダはトラブルメーカーだと、周囲から認識されているのではないか?)
ユティルダはノックもせずに、応接室の扉を開け、ずかずかと中に入った。応接室には老齢の司祭に囲まれるようにして、トフィロウ府主教が座っていた。年齢は三十代後半、艶のある綺麗な髪と、スベスベの肌が、実年齢より若く見えた。対する椅子には、二十代の司祭が座っていた。立派な髭と、険しい顔つきが、実年齢より老けて見える。
「トフィロウ府主教との、お話し中ですよ。後にしてもらえますか?」
司祭はユティルダに向かって言った。
「公奉神礼の時間だ。お前が改めろ」
「ユティルダ、もう少し穏やかな物言いをなさい」
「相手がそれ相応の者ならな」
「ふふ、神聖隊に礼儀は期待しておりません。トフィロウ様、それでは私は失礼しますが、明日の朝までにご準備くださいね?」
「ええ、いつも通り万事不備なく――」
司祭はユティルダの脇を通り過ぎて部屋から出た。
「お初にお目にかかります。輔祭のワィオンと申します」
ワィオンは司祭に頭下げた。ヤナもワィオンを真似て、頭を下げた。ワィオンは彼の神成の証を見たが、白い光は薄かった。光だけ見れば、司祭としては、徳が積めて無い者だとワィオンは思った。
「……モラチ司祭だ。礼儀がなっているな。どこぞの神聖隊と大違いだ」
モラチは皮肉を残して、その場を去った。
ユティルダはワィオンに語りかけた。
「あんな奴に礼を尽くすことはない」
「そうはいきませんよ。私はジノ教の輔祭なのですから。それに……敵の名前は知っておいて、損はありませんよ」
ユティルダは驚いてワィオンを見た。ワィオンは過激な言葉とは裏腹に、表情は穏やかだった。
「ユティルダ、そちらの方々は?」
「ああ、この間、亡くなった主教の、教会の聖職者だ」
「輔祭のワィオン・ワィミトリウです」
「従者のヤナ・ヤヌリチです」
「あら、お若いのに、もう従者がいらっしゃるなんて、ご立派ですわ」
「ごほん! 府主教様、そろそろ公奉神礼を行いませんと……」
「あら、そうね、先に行って、準備しておいてください。お願いします」
老齢の司祭たちは、足早に祭壇へと向かった。
「メラニア、さっきの司祭はなんと?」
「……南の市場に、牛肉を出荷するので、渡せと」
「くそっ! そんなことだろうと思った!」
「言葉が悪いですよ……断りはしましたが、きっと大主教の座に関係した、交渉材料にするつもりでしょう」
「汚いやり口だ! 私が糾弾してやりたい!」
「ユティルダ、私は大主教には興味がありません。貴女はそんなことをする必要ないのです」
ワィオンはその言葉を聞いて、黙ってはいられなかった。
「……エコノモウが大主教である限り、ジノ教の教義が、誤って使われます。それでもいいのですか?」
トフィロウ府主教はワィオンの前に立って、じっとワィオンの目を見た。
「不思議な方ですね。まだ幼いのに、ユティルダ、貴女よりずっと大人に見えます」
「そうです! ワィオン様は凄いのです!」
次にトフィロウ府主教は、ヤナの目をじっと見た。
「貴女は下輔祭なのかしら?」
「いえ、彼女はまだ、祝福を受けていません」
「あら、そうなの?」
「本来は主教代理の、私がやるべきだったが、急ぎの用ができたので、後回しにしてしまったんだ」
「では、私がやりましょう。下輔祭でよろしかしら?」
ヤナの代わりにワィオンが答えた。
「――いえ……伝道師でお願いします」
ユティルダとトフィロウは驚いた。
「あらあら、伝道師なんて、珍しいこと」
「ワィオン様、伝道師とは、なんですか?」
「聖職者でない者で、聖人の功績を伝える使命を帯びた者です。ジノワィオチ様がご存命の頃から、死後数十年は沢山の伝道師がいましたが、ジノ教がエーゲ連邦国中に広まると、役割を終え、任命されなくなりました」
「行商人や御者が伝道師となって、国中にジノワィオチ様の功績を伝えたからこそ、今日のジノ教があるといってもいいでしょう」
「現在、ジノ教の布教は、司祭などの聖職者がやっていて、非聖職者の布教は、禁じられているような状態です。これが聖職者の、影響力を強めています」
「――」
「伝道師……つまりヤナは、ワィオン様の功績を、世に広めればよいのですね?」
「今は駄目だ!」
「……ユティルダ様の仰る通り、聖書の読み書きができるようになってからにしましょう」
「えっ!? ヤナは文字を書くのが苦手です……」
「少しずつ教えますよ……ところで、先程の司祭はどこへ行かれたのでしょうか?」
「彼なら村に行かれたのでしょう。牛肉の事に関心がおありですから」
「そうですか……私も少し興味が湧いて来ました、村を訪ねてみます。それでは、後ほど――」
「ヤナも付いていきます。府主教様、任命は今度よろしくお願いします」
ワィオンとヤナは教会を出て、アグラニケ村に向かった。
ユティルダはトフィロウ府主教が聖歌を歌う、公奉神礼を見届けた。
(ワィオンは、自分の役目を分かっているからこそ、迷わず行動できる。私が今、果たすべき役目は、なんなのだろうか――)




