九話
ロッタリア地方の首都ロッタリアへと、続く山道を登ると、教会が建っていた。
「はえー、こんな所にも教会が建っているんですね」
「山に教会があるのは、不思議ではありません。ジノ教の教徒の中には、俗世を離れ生活する、修道士と呼ばれる一派もいますから」
「……もっとも修道士は、【ロオット教】の教えで、ジノワィオチ様は否定的な立場だった」
ユティルダは少し不機嫌な態度で言った。修道士に対して思う所があるようだ。ロオット教はジノワィオチが信奉していた宗教であり、それを元にして、ジノ教は作られた。
「教会で休憩しましょう。教会は旅人の休憩所としての側面もあります。聖職者は、困っている人に手を差し伸べることが仕事ですから」
「ヤナはロオット教のことは詳しくないのですが、大丈夫でしょうか?」
「私が言ったのは修道士の由来の話で、この教会はジノ教の物だ。私も村に向かうときに一度入った」
ユティルダは堂々とした態度で、扉を開け、教会に入った。中に入ると、入り口の両脇に二列の長椅子が置かれていた。そこでは五人が休憩していた。巡礼と思われる服装の者もいれば、商人風の者もいた。
教会の司祭が、ユティルダに話しかけてきた。ユティルダは事情を説明した。ワィオンとヤナが長椅子で休憩していると、教会の輔祭が冷たい水を持ってきた。ヤナは美味しそうに飲むと、おかわりした。
「お二人はユティルダ様の従者ですか?」
「いいえ、私の所属する教会で問題が起きたので、ユティルダ様と共にロッタリア都へ向かっております」
「ヤナはワィオン様の従者です」
「ほぅ、輔祭の身で従者を連れているのですか。さぞ高い御身分なのでしょうね?」
「ワィオン様は父の命の恩人なのです。主教より凄い方なのですよ」
輔祭はどう反応したものか困ってしまった。ワィオンは黙って素知らぬ顔をした。
話しを終えたユティルダはワィオンと相談した。
「このままロッタリアへと向かってもいいが、少し寄り道していかないか?」
「何か問題が?」
「お前はメラニア・トフィロウ府主教を知っているか?」
「ええ。ロッタリア地方では、大主教の次に影響力がある、お方だと聞いております」
「前回のエコノモウ大主教の任期更新の際、次の任期ではメラニアが大主教になると言われていた」
「エコノモウ大主教の任期更新は今年ですね」
「ああ。だが、どうやらエコノモウ大主教はまだ、大主教の座を譲る気はないようだ。メラニアが大主教から圧力をかけられていると、噂が流れている」
ワィオンは、先程までユティルダと話していた、司祭を見た。彼は掃除をしながら、チラチラとユティルダを見ている。
(旅人が寄る教会では、色々と噂が流れてくるものだ。だが、大抵の聖職者は口が堅いので、外に漏れる事は少ない。ユティルダがそれを聞き出せたのは、人徳のためか、それとも――)
「エコノモウ大主教に会う前にトフィロウ府主教に会えば、協力してくれるかもしれない、ということですか?」
「私はお前の味方ではないが、お前の行く末は見届けたい……いい結末になるように導くのは、善行だろ?」
「ご協力感謝します。しかし、府主教は我々と会ってくれるでしょうか?」
「もちろん! メラニアと私は親友といっていいからな」
「……先に言って欲しかったですね」
「ワィオン様、ヤナにはユティルダ様が何をいっているのか、時々分からないのですが、ヤナがジノ教に詳しくないからですか?」
「ユティルダ様は、物事を小難しく話す方なのですよ」
休憩を終えると、三人は教会を出て、山道を下った。途中、荷車で石材を運んでいた業者が、車輪が壊れ、崩れた石材に足を挟まれていた。ユティルダは業者たちに駆け寄り言った。
「おい、石を両方から持っていてくれ」
「二人では重たくてどかせませんよ」
「支えているだけでいい」
二人の業者は石材を両方から支えた。ユティルダは岩の中心に、指を当てた。
「岩裂の示し!」
ユティルダがそう唱えると、岩から光が無数に飛び出た。ユティルダは上から岩を一欠けらずつ取り除いた。そうして軽くなった岩は、二人の業者でも持ち上げられるようになり、挟まれた業者は助けられた。三人の業者はユティルダに大層感謝したが、急ぎの旅だと断って、ユティルダはすぐにその場を後にした。
「聖職者様はあんなこともできるのですね」
「輔祭の私ではまだ【岩裂の示し】は使えないので、ユティルダ様がご一緒でよかったです」
「……余計な時間を取った、先を急ごう」
ユティルダは照れくさそうだった。
山道を下り、しばらく歩くと、分かれ道が現れた。道標の片方にはロッタリア都の名前が書かれていた。もう片方にはラリサ県と書かれている。
「メラニアは、ラリサ県のアグラニケ神殿にいる」
「えっ! アグラニケって、あのアグラニケですか!?」
「ああ、【アグラニケの躰下ろし】のアグラニケだ」
「アグラニケ神殿は巡礼地としても有名です。私も一度行ってみたいと思っていました」
「今日中にラリサには着かない。途中の村の教会で一泊する事になる。天気も悪くなりそうだし、急ごう」
ユティルダの言葉通り、村が遠目に見えてきたところで、雨が降り出した。
「うぅー、買ったばかりの服なのに……」
「服の汚れを気にしては、布教はできんぞ」
「服はともかく、風邪はひきたくありません。教会に急ぎましょう」
三人は村の教会に飛び込むように入った。教会では主教がタオルを渡して、出迎えてくれた。ユティルダの着ている服は、水を弾いて、タオルで拭くと、水で濡れた後は残っていなかった。
教会での夕食では、インゲン豆のスープを振る舞ってもらい、ワィオンたちは冷えた体を暖めた。教会には聖職者が三人しかおらず、ワィオンたちの来訪をとても喜んだ。
翌朝、部屋から祭壇に向かうと、窓からユティルダが鍛錬しているのが見えた。小雨が降る中、レイピアを鞭のように操っている。彼女は毎日、一切の手を抜く事なく、鍛錬をしているのだろうとワィオンは思った。
ワィオンも毎日欠かさぬ神への朝の祈りを捧げた。
(唯壱の神と人よ。世に平和の光が降り注ぎますように――)
冷たい空気が漂う教会の中に、暖かい朝日が降り注いだ。




