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「自分を磨け」と言ったのはあなたです  作者: 伊賀海栗


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第6話 図書室にて②


 真剣な灰色の目で見つめられると、なんだか気恥ずかしくなってしまいます。

 私の目が泳ぎかけたとき、ジュスト様の口がやっと開きました。


「その論理でいくと、キャロモンテ侯爵は外に愛人をお持ちであり、お兄様であるアンドレア殿もいずれはそうすると」

「まさか! 少なくとも父は母一筋ですし、兄だってきっと」

「つまり全ての男性がミラベラ伯爵令息と同じ考えを持っているわけではないことは、ご存じなのですね」

「ぅぅ……。それはそう、です」

「ご自身を大切にすることも少しは考えてみるといいですね」


 正論です。正論ですけど、でも私は兄と結婚するわけではありませんから。これからの人生を共に過ごす相手、ティーノ様のお考えを尊重するのは当然のことなのです。


 それはそれとして、ジュスト様ってもしかして「イイ男」というやつなのではないでしょうか。友人一同に早く教えてあげたいわ。きっと浮気はしないわよって。

 あ。せっかくですから友人たちのために、こちらからも少し踏み込んでみましょうか。


「ではジュスト様はご結婚相手にどのようなことを求めるのでしょう?」

「俺、ですか。そう言われると困りました。白状すると大したことは考えていません。家柄、気立て、公爵家に利する婚姻かどうか。いや、これでは俺も偉そうなことは言えませんね」

「それでも大切なことですわ」

「まぁ……俺は公爵家を継ぐわけではありません。必ずしも結婚が必要というわけではないので後回しにしている、というのが実情です」


 それ以上は内心を探ってほしくないとでも言うように、ジュスト様は手元の書物へと視線を落としました。


 彼はファルカード公爵家の長男ですが、継嗣ではありません。

 子に恵まれなかった公爵夫妻が傍系から迎えた養子がジュスト様でした。しかし、彼を迎えた直後に公爵家に男子が生まれた……。王国法によると家督の相続権は実子が優先されるため、このような複雑な状況になってしまったようです。


 軽い気持ちで踏み込んでしまったことを後悔しつつ、私は再び窓の向こうへと目を向けました。小鳥の姿はもうそこになく、ティーノ様やナタリアの声も聞こえません。


「……あ。バラを綺麗にしてあげないと」


 私が呟くとジュスト様のページをめくる手が止まりました。


「そうですね。あまり遅くなってもアンドレアが心配しますし、バラを整え終えたら送ります」

「ふふ。兄は心配性なので助かります」


 そういえばジュスト様とお兄様は仲良しなのでした。王国騎士団に奉職する兄とジュスト様は、しばしば戦場を共に駆け回ってきたとか。


 兄の近況について話をしながら、図書室の真下のお庭へ。

 夕日と言うには早いけれど、日が傾いたせいか辺りは先ほどより薄暗く感じられました。


 ジュスト様が切り落とした枝をギフトを用いて土に還し、枝が伸び放題になってしまったかわいそうなバラに再び魔力を注ぎます。


「何か問題が起きても俺がついていますから、落ち着いて」


 背後から掛けられた気遣いに胸が温かくなりました。

 おかげさまでバラは無事に柵と門を均等に囲い、いくつもの蕾までつけてくれて。きっと明日には美しい花を咲かせることでしょう。


「これが豊穣のギフトですか、見事なものですね。効果範囲は1本ずつですか」

「いえ。少なくとも、当家の庭くらいの広さなら一斉に活性化できます。ただ、限界がわからないのです。社交期(シーズン)を過ぎて領地へ戻ったら、それも試してみようかと」

「確かに王都では力を発揮できないか……」


 ひとり言のように呟いてバラ園の奥を見るジュスト様。

 何を考えてるのかしら、なんて首を傾げた瞬間、私の足元を何かがうごめきました。


「きゃああっ! なになにっ?」


 ジュスト様にお借りしたローブは私には長くて、足元まですっかり覆っているのでパっと下を向いただけではわかりません。

 慌ててローブをめくりあげると、真っ黒な生き物がその身体を私の足にこすりつけていたのです。さらに、見上げた両の目が鋭く光って。


「ひぃっ」

「オリエッタ嬢っ?」


 ジュスト様は助けを求めて必死に飛びついた私を軽々と抱き上げ、先ほどまで私がいた場所を確認してくれました。


「……にゃー」

「猫ですね」

「ねこ」

「はい。猫です」


 彼の腕の中から首を伸ばして確認すれば、そこにいたのは確かに猫チャンでした。

 まだ若い猫で体はそれほど大きくありません。毛艶が良くとても野良には見えませんが……。


「この子! さっきもこの子がいたから」

「委細は承知しています。猫を守ろうという心意気には胸を打たれました」

「全部見てたんですか」

「はい」


 ジュスト様はほとんど表情が変わらないから、冗談で言っているのか真面目に言っているのかわかりません。……けど、全部真面目に言ってそうな気がしてきた。

 んもー、と脱力しかけたところで、私は自分がジュスト様に抱き着いたままだと気付いてしまい。


「あっばばばば! ごめ、ごめんなさい! 私ったら」

「大丈夫ですから落ち着いて」


 ジュスト様は慌てて降りようとする私をそっと下ろし、さらにローブの乱れまで直してくれました。なんて紳士なんでしょうか。それに引き換え私ったら!


 そんな私たちの足元を猫チャンが軽やかに走り抜け、近くの窓から城内へと入ってしまったのです。

 大丈夫かしらと不安に思っていると、城の中から若い女性の声が聞こえてきました。


「あら、可愛いチッチョ! どこに行ってたの?」


 黒猫を抱き上げた女性が窓からこちら側を覗く気配があり、私とジュスト様は慌てて木の陰に隠れます。


 やましいことなど何もないのですけど、人気のない場所で彼のローブを纏って二人きりというこの状況は、さすがに見られたらまずいので……!




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