第5話 図書室にて①
本日2/2回目の更新です。
必要になりそうな本をいくつか手に取り、窓際の席へ向かいました。
王城内の図書室は外周をぐるり囲むように机と椅子があり、植物がそれを区切って個別の空間を作り上げています。
空間を遮る壁はありませんが、魔法によってそれぞれ遮音の効果が施されており、空間内で会議をすることも可能。緑の香りと静かな環境が心を落ち着かせてくれるのです。
密室ではないため、男女が同室しても問題にならないというのも、利点と言えましょう。
ジュスト様の選んだ図書は糧食の輸送に関するものや、魔物の生態について論じたもの、さらに領地経営の指南書など……何というか、テーマが見えてこない選書でした。
「誰かと……ただ一緒に本を読むだけの時間も良いものですね」
ジュスト様は本から目を離すことなくそう呟きます。
すらりと通った鼻筋、伏せられた瞳とそれを縁取る長いまつ毛、難しそうに寄せられた眉。そのどれもが美しく整っていて、額に落ちた細いひと房の髪さえ意図したもののよう。
「そうですね。静かで贅沢な時間に思えます」
「ええ、まさに。……ところでオリエッタ嬢は、豊穣のギフトを?」
顔を上げた彼の灰色の瞳が、私の手元を見つめていました。私が読んでいるのは、過去に豊穣のギフトを授かった方の手記です。
ギフトが神の気まぐれとはよく言ったもので、同じ豊穣のギフトを持っていても、出来る事柄が同じとは限りません。
私は大抵の植物を育てられるけど、種類が限定される人もいるそうです。また私は土地に見合った植物しか育てられないけれど、過去には氷に閉ざされた国でサボテンに花を咲かせた人がいたとか。
だから手記を読んだからといってすべてが参考になるわけではないのですけどね。先ほどのような事故を起こさないためにも、知識は必要かなと。
「はい。ただ、今までいくつか試してきましたが、私は植物に活力を与えることはできても……この著者のように『無』から植物を生み出すことはできませんでした。適切な環境の外では育てられませんし。先人の下位互換ですわ」
「玉磨かざれば光なしと言います。植物を茂らすこともまた素晴らしい能力ですから、その道のエキスパートを目指してみては? もちろん、先ほどのようなことが起こらぬよう慎重に」
「ふふ。気を付けます。ジュスト様は……領地経営、でしょうか?」
ジュスト様にオルトラ領が下賜されたのは、先の戦での恩賞としてだったはず。我が国の北端に位置し、魔物の被害の多い土地です。恩賞と言いながら、王家が厄介払いしたのではないか、なんて嫌な噂が流れるほど。
私がそう尋ねると、ジュスト様は深い溜め息をついてから頷きました。
「扱いの難しい土地です。魔物が跋扈し、人々は隅に追いやられている。しかし俺は必ず、この土地を豊かなものにしなければならない」
その絞り出すような声には、並々ならぬ覚悟というか決意のようなものが滲んで聞こえます。
彼は眉目秀麗かつ国の英雄で、すでに完全無欠の人なんて呼ばれているのに、まだ完璧を目指すおつもりでしょうか。素晴らしい心意気ではありますが、でもどこか悲しそうにも見えて――。
「うふふふふ、ティーノ様ったら」
窓の外から聞こえてきたのはナタリアの声です。まるで仔猫のように甘い声。
私とジュスト様はほぼ同時に窓の向こうへと視線を走らせました。ふたりはちょうど真下の木陰にいるようです。というか、窓の下は先ほど私が事故を起こした場所ではないですか。
事故の一部始終を見られていたのかしらとか、だから上から降って来たのね、とか色々なことが脳裏をよぎりましたが、それもナタリアの笑い声で引き戻されます。
見ればふたりはまるで恋人同士のような距離感、つまりお尻とお尻がくっつくくらいの距離で、ベンチに並んで座っていました。
「ナティの欲しがっていた首飾りが明日届く。僕が直接持って行ってやらんでもないが」
「嬉しい! おめかしして、美味しいお茶をご用意して待ってますわ! 実は新しい茶葉を見つけたのですが、ティーノ様はもうご存知でしょうか」
「東国の黒茶葉なら――」
「まぁ! さすがですわ。もしかしてもうお飲みになってしまったかしら」
ジュスト様が小さく肩をすくめる気配。私たちは窓から離れ、机を挟んで向き合いました。
「俺が口を出すことでもありませんが……。婚約者のいる人間がとって許される行動ではありませんよ」
「ナタリアには私のほかに友人らしい友人がいません。ティーノ様はそれを案じて」
我がキャロモンテ侯爵家の傍系の子爵令嬢ではあるけれど、ナタリア自身は妾腹の子でした。
子爵夫人が亡くなった今は母娘共々、正式に子爵家へ迎え入れられています。が、社交界では「出自の卑しい娘」だとして受け入れてもらえないのです。
昔、ティーノ様はそれを不憫に思ってナタリアに手を差し伸べてくれたのですが、ふたりは今も幼い頃の気持ちのままでいるようですね。
「それは理由にならない。鷺を烏と言いくるめるようなものでは? 昨夜も、己の婚約者を差し置いて別の女性をエスコートするのはさすがに一線を」
「越えていますか」
「はい。越えていると考えます」
真っ直ぐこちらを見つめる灰色の瞳は真剣そのものでした。一国の英雄が私ひとりを案じてくださるとは思わなくて、少々意外でしたが……。
窓の外、下ではなく上を見れば小鳥が二羽、枝に並んで毛繕いをしています。
「殿方にとって家は羽を休めるところであり、愛は外に持つものだと」
「誰がそのようなことを?」
「ティーノ様が。ですから妻は家政の一切を取りまとめ、夫に余計な負担をかけてはいけないと聞き、そうなるよう研鑽を――」
難しいお顔で、腕を組んで私の言葉を聞いていたジュスト様ですが、そこでゆっくりと首を横に振りました。
お読みいただきありがとうございます。
次は明日、1話のみ更新予定です。
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