第4話 想定外の大失敗②
本日1/2回目の更新です。
次はお昼前くらいに更新予定!
「ティーノさまっ、やめ……痛いっ!」
彼は私の制止の声など聞こえていないのか、懸命に私の腕を引っ張り続けました。
しかし引っ張られるごとにどこかでドレスの裂ける音がし、さらに私の腕や足に鋭い痛みが走ります。
腰は恐らくコルセットに守られていて痛みこそありませんが、もしドレスが破れたなら精神的な被害は甚大です。
心身ともに限界を迎え、やめてくれと叫びそうになったとき、第三者の介入がありました。なんと、上から人が降ってきたのです。ローブがばさっとはためく音はしたのに、着地の音がなかったような。
「何をしておいでか。すぐにその手を離してください」
「オル、トラ卿」
私は介入者の名を口にするのが精一杯。まさかファルカード公爵令息が降って来るとは思いませんでした。
ティーノ様は振り返ってオルトラ卿の姿を認めるも、返答もしないまま私を引っ張る作業に戻ったのです。
「お願い、もう――」
「やめろと言っているのに……! 実力行使です。怪我をさせたらすみません」
オルトラ卿はそう言い終えるや否やティーノ様に体当たりをし、私とティーノ様の間に入ってくださいました。
たたらを踏みつつ転げないように耐えたティーノ様が、オルトラ卿に向かって喚き声をあげていますが、なんて言っているかはわかりません。もうそれどころじゃないので。
「すぐお助けします。もう少しだけ耐えてください」
オルトラ卿の気遣わしげな声とその言葉がどれだけ私を安堵させたことか。
魔術師であるオルトラ卿は枝にほとんど触れることなく、私に絡みつく枝だけを切り裂いて、言葉通りすぐに助け出してくれたのでした。
その刹那に浮かび上がった輝く魔法陣の美しさといったら、痛みを忘れるほどで。
呆けた瞬間に支えを失った私の身体は土の上に落ちてしまいました。オルトラ卿が支えてくださらなかったら、顔を強打していたかもしれません。
トゲの痛みと一連の事故のショックで立ち上がれずにいる私に、オルトラ卿はご自身が羽織っていたローブをふわっと掛けてくれました。森の奥の小さな家で古書に囲まれるような、優しい香りがします。
「俺にも多少は治癒魔法の心得がありますが、肌を見られたくはないでしょう。魔術棟へお連れします。女性の部下に任せますので。少し触れますがご容赦を」
そう言って軽々と私を抱き上げてしまいました。
が、歩き出したオルトラ卿を呼び止めたのはティーノ様で。
「ひ、ひとの婚約者をどこに連れて行くつもりですか!」
「……ミラベラ伯爵令息。行き先もお連れする理由も、貴方にも聞こえるよう申し上げたはずですが」
「け、怪我などたいしたことはない。大体、あなたの手など借りずともこの僕が――」
ティーノ様が「たいしたことはない」と言った瞬間、オルトラ卿の手に力が入りました。腕の中でぎゅっと引き寄せられ、思わず彼の胸元を強く握ってしまいます。
「笑止。女性の肌に傷をつけておいて、どの口が。バラの枝にトゲがあることは子どもでも知っています。あなたはもう少し三思後行を心がけるべきかと」
「さ、さん……?」
「動く前によく考えろということです。時間がないので、失礼」
踵を返したオルトラ卿は物凄いスピードで魔術棟を目指します。背後からはティーノ様の声が聞こえますが、なんと言っているかまではわかりません。
オルトラ卿は本当に言葉を選ばない人だなぁと思います。いえ、もしかしたら選んだ上でこれなのかもしれないけれど。
私は安堵と申し訳なさとが綯い交ぜになった複雑な気持ちで、なんと声を掛けるべきか悩んでしまいました。
失敗して迷惑をたくさんかけたばかり。その自覚があるからこそ、今はちょっとだけ心が弱くて。あまり厳しいことは言われたくないな、なんて。
そんな風に言葉を探しているうちに、私たちは王国魔術師の宿舎であり研究施設でもある魔術棟に到着。オルトラ卿は女性の魔術師に私を任せてすぐにいなくなってしまいました。
お礼のひとつも言えなかった私に、彼は着替えまで用意してくださったのです。魔術師団の鍛錬用の制服ではありましたが、破れたドレスのままでいるわけにはいきませんから本当にありがたいことです。なんという至れり尽せり……!
恐らく図書室にいますよと、腕や足の傷を治してくださった魔術師さんの言葉を頼りに、私はオルトラ卿のローブを抱き締めながら図書室を目指します。
彼は確かに図書室にいらっしゃいました。
閉め切ったカーテンの隙間から漏れる光に、彼のプラチナブロンドがキラキラ縁取られて。綺麗だなぁなんて見惚れてしまったのです。
「ああ、誰かと思えばオリエッタ嬢でしたか。怪我はもう?」
「はい、おかげさまで。この度は本当にありがとうございました。昨夜といい、オルトラ卿にはご迷惑ばかりおかけして」
ローブを返却したのに、オルトラ卿はそのローブを再び私の肩に掛けてしまいました。
「上着まで気がまわりませんでした。日暮れとともに気温も下がるでしょうから今日はこれを」
「ありがとうございます……」
「それから。どうか昔のようにジュストとお呼びください。畏まられると少々面映ゆい」
「もう子どもではありませんのに! ふふ。でもそうですね、私も名前で呼んでいただいて緊張がほぐれた気がします」
ファルカード公爵家と我がキャロモンテ侯爵家はどちらも王国の武門の筆頭。国を守るため両家は強固な協力関係を築いてきた、という歴史があります。
幼い頃の私は優しいジュスト様にとても懐いていたなと古い記憶が思い出されました。
「もう少し調べものをしてからでよければ送ります」
「そこまでご迷惑をおかけするわけには……あ、でも私も勉強しようと思っていたので、ご一緒してもよろしいでしょうか」
「はい。歓迎します」
表情の乏しいジュスト様が一瞬だけ笑ったように見え、目を瞠ってしまいました。
それに、「この僕の貴重な時間を――」なんて文句もなく無条件で受け入れられたことにも驚いて、心のどこかがパヤパヤっと華やいだ気がしたのでした。




