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「自分を磨け」と言ったのはあなたです  作者: 伊賀海栗


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第30話 魔物の暴威②


「速すぎる!」


 どこかで誰かが叫びました。

 その言葉通り、轟音はかなり近くまで来てます。狩猟参加者の避難もほとんど進んでいないのに!


 どうにかして止めろと騎士が言います。部下と思しき誰かが無理ですと悲鳴にも似た声で返答。


 私はそのやり取りを聞いて森のほうへと走りました。木々を成長させて、あるいは変形させて障害物にするのです。勢いを殺すことができれば、あとはお兄様とジュスト様がどうにかしてくれるはず。


「オリエッタ嬢っ?」

「私が止めます!」


 森へ飛び込む私をジュスト様の声が追いかけてきました。


 さすがに真正面に立つ勇気はないので、魔物の進路からは逸れる位置へ向かいます。木が倒されているのか、土煙があがっているので進路はわかりやすいのが不幸中の幸い。


 跪いて土に手をかざし、精神を集中させます。大丈夫、もう何度もやってきたことです。

 王城のつるバラでの失敗から必死に練習して 、今はもう植物を任意の形に変形させることだってお手の物。


 魔物は参加者たちのいる広場を目指して暴走している様子。その進路上の樹木を巨大化させ、さらにツル性の植物を網のように編んで広げていきます。


「障害物が生成されました。各々前へ。戦術パターンβでいきます」

「ハッハァ! これで勢いも弱まんだろ、絶対仕留めるぜ!」


 ジュスト様とお兄様は、状況を把握するなりそれぞれの部下に指示を出し、魔物を迎撃する構えを見せています。


「オリエッタ嬢、感謝します!」


 どうにか障害物を作り終えてひと息ついたところに、ジュスト様の声。

 少しは役に立てたみたいでよかった。あとはジュスト様やお兄様に任せて、私はここから離れないと――。


 ところが。眼前に迫った魔物は障害物の手前で速度を落とし、突然方向転換しました。


「な、に……? なんで……?」


 巨大な猪型の魔物と目が合ったのです。魔物は一心に私だけを睨みつけ、咆哮をあげると走り出しました。


 あんな巨大な魔物をこの森で見たことはないし、それにどうして私を狙うのでしょうか?


 もう一度障害物を作るか、それとも逃げるか。どちらを選んだとしても間に合う気がしなくて、まるで身動きがとれません。


 緊張と恐怖のあまり手足は冷たくなって、息もできなくて。心臓だけが私がまだ生きてることを教えてくれる。


「オリー!」

「オリエッタ!」


 お兄様とジュスト様の声。


「間に合わなくても……!」


 そう。間に合わなくたって、やるだけのことはやらないと。


 私は王国の誇る武門キャロモンテ家の長女です。そしてこの森は、愛するジュスト様の未来そのものなんです。一太刀くらい浴びせずにどうしますか!


 木の陰に隠れ、その木を一気に大きくします。根が広がって他の木の根を掘り起こしてしまったけれど、傾いた木々が逆に魔物の進行を妨げたようでした。


 魔物は私の目の前の大木にぶつかった後も、うまく方向を変えることができないまま、何度も大木に体当たりを繰り返します。細かい枝や葉がたくさん降ってくるけれど、ここにいれば結構時間が稼げそう――。


 メリメリメリと耳をつんざくような音とともに、大木が傾き始めました。嘘でしょうっ?


「オリエッタ!」


 もう無理かと半べそをかきながら諦めかけたとき、ジュスト様が叫びながら駆け込んでいくつもの魔石を放り投げました。


 魔石は魔物の頭上で等間隔に散らばり、虹色の光を放って魔物を拘束します。さらに、晴天だというのに雷鳴が轟き、稲光が魔物を直撃しました。これがジュスト様の魔術なのでしょうか。


「アンドレア、3秒間無力化します。とどめを!」

「はいよぉ!」


 お兄様は盛り上がった木の根や傾いだ幹を足掛かりに高く飛び、宙で身体を大きく捻りながら剣を突き立てました。それは魔物の耳の後ろを的確に捉え、脳の奥深くまでしっかり刺さったようです。


 そしてきっかり3秒後、ドウと大きな音と土埃をあげて巨大猪は地に伏したのでした。


「終わった……?」

「オリエッタ」


 へなへなとその場に座り込む私に駆け寄って、力強く私を抱き締めたのはジュスト様です。


「お怪我はありませんか、無事ですか」

「はい、だいじょうぶ……」

「……顔をよく見せてください。ああ、本当に、ご無事でよかった……」


 ジュスト様は私の額にご自分の額を軽くぶつけ、震えながら息を吐き出しました。


 強く掴まれた肩にほんのり痛みを感じて、それでやっと私も自分が生き残ったことを実感したのです。


「私、森をぐちゃぐちゃにしちゃいました……」

「あなたの命の前では些事です」


 今度は割れ物を扱うかのように優しく抱きしめられました。すごく温かい。


「あー。取り込み中悪いんだがね」


 お兄様の声に、私とジュスト様は思わずパっと身体を離します。

 気が付けば、兵士の皆さんもやれやれといった様子でこちらを見ていました。頬が熱い!


「で、コイツはなんでオリーを狙った? というか、小さくなってないか?」

「これは呪術です。生態を凶暴化させるのですが、限界を超えた筋肥大を伴います。もちろん禁術ですが」

「呪術って……確か、魔力のほかにも何か対価を用意して、おっかない魔法を使うやつだな?」

「はい。恐らく対価は――」


 言いながらジュスト様が魔物のそばに跪き、魔物の首に巻き付いていた布を取って広げました。




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