第29話 魔物の暴威
竜の背に乗って夜空を飛んだあの日から数週間が経過しました。私やお兄様は社交期の終わりとともにオルトラ領へやって来て、領地の整備に邁進しており。
ジュスト様と私の関係も特に何も変化はありません。というより、それぞれのやるべきことが忙しくてそれどこではなかったというか。
それにお兄様が常に私かジュスト様のどちらかと一緒にいましたからね。友人あるいは領地整備の協力者以上の触れ合いはありませんでした。
そんなこんなで、だいぶ様になったなぁと森を見渡したときには、ブナの葉はすっかり鮮やかな黄色になっていました。
秋です。秋は猟の季節です。
猟とひと口に言っても内容は様々で、うずらやキジなどの鳥撃ち、狐のような害獣あるいは魔物を追うものなどがあります。
それぞれ解禁される時期が違っているため、陛下はまず北西を領地に持つ有力貴族のもとを訪れ、毎年恒例の鳥撃ちから秋を始められたようでした。
……が。昨日、ついにこのオルトラ領へ魔物を追い回しにいらっしゃったのです。
お身体を休める時間ももったいないとばかりに、本日早速、狩りに出られることとなりました。
ホストであるジュスト様はもちろん、お兄様もあれで騎士ですから皆様に同行なさいます。一方で女性陣は森の入り口の広場に残り、お茶を飲みながら殿方の帰りを待つのがならい。
大きなテントを張った中で、王妃殿下を中心に、陛下へ同行された貴族の奥方やご令嬢がテーブルを囲みます。
「オリエッタはナタリアに甘すぎるんじゃないかって話を聞くけれど」
眉を下げ、ため息交じりにそうおっしゃったのは王妃殿下です。
ナタリアは私怨と私欲によって高位の貴族令嬢の名誉を棄損しましたので、王国法に照らせば禁固刑となるはず。
しかし私はその場で真実が明らかにされたことを根拠に名誉は傷ついていないとし、訴えないこととしていたのです。
「ふふ。家の名誉のためですわ。従妹ですから」
「確かに、内輪で揉めるような統制のとれない家門だと誹りを受ける可能性はあるものね」
陰で言う人はすでにたくさんいますけどね。
公の書類に記録として残らなければ、まぁよしとしましょう。という判断です。もちろん、ナタリアの始末はベルテ子爵家に負っていただきました。確か修道院へ送ったとか。
そこへ噂好きの伯爵夫人がおずおずと声をあげます。
「あの……ミラベラ家でも動きがあったとお聞きしました」
「ええ。次男が後継者に指名されたとか。長男は家を追い出されたそうよ」
即座に問いに答えたのは王妃殿下。殿下と接する機会はあまり多くないので知りませんでしたが……もしかして、この方もゴシップが大好きなのでは?
「オリエッタ様もそうですが、まだ婚約の決まらない子女が多いですわね」
「そうね。皆、フィオレに遠慮してくれてありがとう」
「まぁ! そんなつもりで申したわけでは――! ただ、キャロモンテ侯爵令息やファルカード公爵令息が未だお相手をお決めにならないのが気になりますの」
お兄様とジュスト様のことですね。
一気に皆様の視線がこちらに集まりました。私の隣にはファルカード公爵夫人がお掛けになっているので、余計に視線が集中します。
とはいえ、お兄様のことは私もちょっとよくわからないので、曖昧に笑って誤魔化すしかありません。ただジュスト様のお話は私も聞きたいような、聞きたくないような。
「いえ、ジュストでしたらもう――」
「皆さま、お待たせしました。ご一行が間もなくお戻りになります」
テントの入り口から警備の兵士が顔を出しました。ファルカード公爵夫人の言いかけた言葉は搔き消され、女性陣は夫や父を迎えるために席を立ちます。
外には、随時運ばれたのであろう狩られた獲物――魔獣や動物の骸が、大きなものから順に整然と並べられていました。こういった貴族の狩猟においては、狩った獲物の大きさで勝敗を決めるのが常。
とはいえ大抵は序列の高い人物におもねるものですから、勝敗などあってないようなものですけれど。
ほどなくして、陛下を筆頭に男性陣がお戻りになり、それぞれに用意されたテントへと戻っていきます。装備を置いて汚れを拭い、身だしなみを整えるためですね。
あとは勝者の発表と閉会の乾杯を行って終わりです。続きは城塞へ戻り、暖かな室内で美味しいお食事とともに歓談することとなります。
テントを出入りする男性陣の表情はどちらも晴れ晴れとしたもので。私は隣に立つファルカード公爵夫人が胸をなでおろすのに気づき、声を掛けました。
「まずは、ご満足いただけたようですね」
「ええ、本当に。オリエッタちゃん、ジュストを手伝ってくださってありがとう。あの子は少し完璧主義なところがあるから、この土地をあてがわれてどうなることかと思ったのだけど」
公爵夫人の視線の先では、ジュスト様とファルカード公爵がテントから出て色々な方と挨拶を交わしています。
「ジュスト様はいつも、ご両親を喜ばせたいと一生懸命ですわ」
「そうなのよねぇ……。そうでないと、家に置いてもらえないとでも思っているみたいに。あの子が笑ってくれるだけでわたしたちは幸せなのに」
「……そのまま伝えてあげてはいかがでしょうか」
私の言葉に夫人が目をぱちぱちっと瞬かせました。
と、そのときです。
霊峰オルタンシアからひと際大きな咆哮があがりました。ほぼ同時に、森の奥からも魔物の叫び声が。
王国騎士、近衛兵、それにオルトラの兵たちが一斉に警戒態勢をとり、お兄様もジュスト様もテントに駆け込んで武器を手に戻って来ました。
森からはまるで馬車が暴走しているかのような轟音が近づいてきます。オルトラの兵たちが中心となって、参加者を避難させようとしていますが……。
「オリエッタちゃんも、早く行きましょう!」
「いいえ、私にも何かできることがあるかも。夫人は先に行っていてくださいませ!」
私には豊穣のギフトがあります。森は私の領域です。
ジュスト様が大切に磨き上げたこの森を、私は守りたいのです。
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