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「自分を磨け」と言ったのはあなたです  作者: 伊賀海栗


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第26話 いつもとは違う夜会③


 ちょっとしたアクシデントはあったものの、陛下のご挨拶も終わってそれぞれが歓談したりあるいはダンスをしたりと、穏やかな時間が流れ始めました。


 ジュスト様のところへは、何人もの方がご挨拶にいらっしゃいます。英雄であり、陛下の覚えもめでたい若き伯爵様ですからね。


 婚約者でもなんでもない私は少々居心地が悪いのですが、領地整備の協力者であることが陛下によって明らかにされたためか、ご挨拶に来られた方の反応も好意的。


 ……と、そこへファルカード公爵夫妻がいらっしゃいました。ジュスト様の養父母ですね。


「ジュスト。今夜は注目を集めてばかりねぇ」

「確かに。だが女性を守る姿に我輩も鼻が高いよ」


 ご夫妻はいつもの通り柔和な笑みを浮かべ、それぞれにジュスト様を労います。


 せっかくの親子水入らずですし、さすがに私は席を外したほうがいいかも。おふたりへご挨拶だけしたら退散しようと、顔を上げたときでした。


「ところでジュスト。縁談をすべて断っていると聞いたけれど、あなた――」

「義母上。その件については俺からご相談が」


 そう言ってジュスト様がこちらに視線を投げました。釣られるようにご夫妻のお顔もクルっとこちらを向きます。


「オリエッタちゃん、ごめんなさいね。わたしったらちゃんとご挨拶もしないで! いつもジュストを手伝ってくださってありがとう」

「我輩からも礼を言おう。しかし少し見ない間にまた一段と綺麗になったじゃないか」

「とととんでもないことでございますわ。ご無沙汰しておりましたが、お元気そうで安心いたしました」


 やっぱり公爵夫妻は私にも優しい。


 ジュスト様はご両親について、「迷惑をかけたくない」とか「がっかりさせたくない」とかおっしゃってましたが……。

 それこそ、今夜のティーノ様くらいのことをしでかさない限り、がっかりなんてしなさそうです。


 ……が、のんびりしている場合ではありません。

 ジュスト様が何か言うよりも前に、私は当たり障りのない挨拶とともにその場から離れたのでした。



 そして。実は先ほどからずっと、友人たちが落ち着かない様子でこちらを見ていまして。


 ちょっぴり恐ろしい気もするけれど、説明しないともっと怖いことになりそう。というわけで、ジュスト様から離れると真っ直ぐに彼女たちのほうへと向かったのですが。


「お姉さま」

「あ……ナタリア」


 スッと私の前に立ちふさがったのは、従妹のナタリアです。


 ティーノ様が追い出されてしまったから、ナタリアもひとりぼっちなのでしょう。でも友人たちはナタリアをあまり良く思っていないので、連れて行くわけにもいきません。


 私が一緒にいてあげるべき……ですかねぇ?

 どうしたものかと思案していると、ナタリアはにっこり笑って傍へとやって来ました。


「こないだ言ったこと、覚えていらっしゃいますか?」

「こないだ?」

「あたしもお友達を増やさなくちゃって。だからオルトラ伯爵をご紹介してねって、言ったでしょう?」

「あー……」

「お姉さまは機会があればっておっしゃってたけど、今がそのタイミングかなって」


 子爵令嬢と伯爵が顔を合わせる機会はそう多くありません。

 ですから今がその時だと言われれば、それはそう、なのですけども。


 なんだかまた胃がムカムカしてきました。私はどうやら、ナタリアにジュスト様を紹介したくないみたいです。


「残念だけど、彼は今ちょっと立て込んでいるようだから」

「あら? でも、こちらへいらっしゃるみたいですわ」


 ナタリアの視線を追って後ろを振り返れば、確かにジュスト様がこちらへやって来るようでした。真っ直ぐに、わき目もふらず。


 ご両親とのお話はもう終わったのでしょうか。結婚に関する相談と言っていたから、もう少しかかるものと思っていたけれど。


 彼がご両親と結婚の相談をするのも本当はちょっと嫌だったけれど、ナタリアのいるこの場にいらっしゃるのはもっと嫌。


 ジュスト様にエスコートしていただいたときはとっても幸せだったのに、今は一転、胃がひっくり返りそうで逃げ出したいくらいです。


「地味なお姉さまより、あたしのほうがオルトラ伯爵の隣にふさわしいと思わない?」

「え?」

「お姉さまはたまたま本家に生まれただけ。ほんとに可愛いのはあたしで、愛されるのもあたしで、そして英雄の奥さんになるのもあたしだわ。絶対に」


 私の隣、腕が触れるほど近くへ並び立ったナタリアが、扇で口元を隠しながらそう囁きました。


 ついさっきまでティーノ様にぴったり寄り添っていたのに、なぜジュスト様なのでしょう。本家がどうのと言っているし、もしかして身分にコンプレックスが?


 生まれた家で、ある程度は嫁ぎ先まで決まってしまう、という側面があるのは確かですが。


「そうは言っても――」

「オリエッタ嬢が席を外す必要はなかったのですが。気を遣わせてしまってすみません」


 ジュスト様がそう言いながら近くまでやって来ました。


 私はナタリアを紹介するか否かの選択を迫られ、うまく笑えません。紹介したくはないけれど、ナタリアがそれさえ逆手にとるような狡猾さを持っていることは、重々承知していますし。


「いえ……、こちらこそご挨拶もそこそこになっ――」

「きゃあっ! 痛いわ、お姉さま!」

「え?」


 視界の中でナタリアがゆらり揺れたかと思うと、彼女は突然悲鳴をあげてうずくまってしまいました。

 ジュスト様がすぐ傍へといらして私の隣に立つと、ナタリアはスカートの裾を少しだけ捲り上げ、さらに靴を脱いで見せたのです。


「なぜお姉さまはあたしの足を踏んだの? ひどい、とても痛いわ!」


 確かに、ナタリアの足は真っ赤に腫れていたのでした。




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