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「自分を磨け」と言ったのはあなたです  作者: 伊賀海栗


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第23話 持つべきものは


 ヒッポグリフによる空の旅は本当に便利で、王都とオルトラ領をたった1日で結んでしまいます。おかげで私は領地の整備を手伝いながら、必要な社交に顔を出すことができるのです。


 今日は社交といっても、特別なお友達とのごく私的なお茶会ですが。


「ご無沙汰しております、フィオレ殿下」

「ええ。久しぶりね、オリエッタ。今日は堅苦しいのは抜きにしましょ」

「いつもでは?」

「それもそうね」


 バラ園の片隅にある東屋で、ふふふと笑い合って席に着くと、メイドがあっという間にお茶の準備をしてくれました。


「オリエッタが裏口に作ったバラの門、本当に素敵よ」

「光栄ですわ。最初は大失敗だったのですけど」

「あら。でも今はオルトラ領で活躍しているのでしょう? 自分磨き、頑張ったのね」

「殿下に励ましていただいたおかげです」


 お茶請けにはケーキやプリンが並んでいます。私はその中から真ん丸のクッキーをひとつ摘み上げました。半球状のクッキーふたつにチョコレートが挟まっている、一口大のお菓子です。


 口に入れればサクサクっとほどけて、アーモンドの香りが広がります。そしてもちろん、濃厚なチョコレートの甘さが舌を包んで、幸せなため息が漏れました。


「オリエッタがオルトラ伯爵を独り占めしてるから、ご令嬢たちがヤキモキしているみたいよ」

「まぁ! でも私のせいじゃありませんわ。ジュス――オルトラ卿は領地を発展させるために尽力されて」

「もちろんわかってるわ。そういうことじゃなくて、結婚の申し入れをしても断られるんですって」

「……え?」

「新興の伯爵家とはいえ、相手は英雄。さらにファルカード公爵家の後ろ盾もあるでしょう? 公侯爵家からの縁談でさえ簡単に蹴ってしまえるのね。ま、多少は立場が悪くなるでしょうけれど」


 おかしな話です。


 だってジュスト様は結婚について真剣に考えると言っていたんですから。それなのに縁談を全て断ってしまうなんて、矛盾しています。


「なぜ、そのような……」

「心に決めた人でもいるのかもしれないわね。でもオリエッタこそ本人に聞いたらいいのではなくて? あなたが一番、オルトラ伯爵の近くにいるのだから」

「そ、そうですけど」


 胸がギュッとなりました。


 一番近くにいるけれど、結婚相手としては一番遠いところにいるんですから。

 ホッとしたり、絶望したり、感情の波にさらわれて疲れ果ててしまいそう。


「オリエッタったら。わたくしに隠し事はナシよ。彼のこと好きなのね?」

「え」

「見ればわかるわ。恋をしてる顔よ。すごく素敵な顔。今まででいちばん素敵で綺麗で可愛いわ」

「フィオレ殿下……」

「その恋を応援してあげたいところだけれど。問題はあの男ね」


 フィオレ殿下はお姫様らしからぬげんなりした表情を浮かべ、椅子の背に体を預けてしまいました。だらしがないと年配の貴族に陰口を叩かれることもしばしばですが、殿下のこういったお姿を見られるのもこれが最後かもしれません。


 そう。最後かもしれないのだから心配させないように――。


「オルトラ領にいる間、珍しくティーノ様から手紙を何通かいただいたのです」

「そうなの? こちらでは相変わらずナタリアを連れ歩いて顰蹙を買っているわよ」

「高価な宝石を買ってやるとか気鋭のデザイナーを紹介してやるとか。彼にしては歩み寄ったつもりかもしれませんけど。丁重にお断りしておきましたわ」


 もうひとつ甘いものが欲しくなって手に取ったプリンは、お皿の上でふるふる揺れています。フィオレ殿下もプリンをご自身の前に引き寄せ、スプーンの背でその表面をペシペシ叩きました。


「あなたの行動が今までと違うから、きっと戸惑っているのね。ばかな男」

「確かに、ティーノ様は私がいつでも彼の言うなりになると思っている気配がありました。実際、そういう一面もありましたけど」


 フィオレ殿下のスプーンがペチっとプリンの頭を叩き、小刻みに揺れるのを眺めていたのですが、突然フィオレ殿下はプリンをそのまま潰してしまいました。なんてことを……。


「でも気をつけたほうがいいわ」

「気をつける、ですか?」

「先日、隣国の要人を相手にやらかしたのでしょう? お父君のミラベラ伯爵も庇いきれないのか庇う気がないのか……どうも立場が危ういようよ」

「そういうことなら私も、彼の将来性については疑問を」

「手負いの獣は何をするかわからないから」

「にゃーーん」


 小さく甘えるような鳴き声に、私たちは目を見合わせました。

 が、その声の主はすぐに現れ、フィオレ殿下の膝の上へと飛び乗ったのです。


「あら。可愛い可愛いわたくしのチッチョ」

「その仔猫、フィオレ殿下の……?」

「ええ、そうよ。隣国の原産種とかで婚約の証にいただいたの。可愛いでしょう?」

「……放し飼いはいかがなものかと思いますわ」

「わたくしのお庭だもの」


 プゥと頬を膨らませるフィオレ殿下に、私もそれ以上は何も言えません。


 この黒猫ちゃんがいたせいでつるバラに捕らわれたのですけど、この猫ちゃんのおかげでジュスト様と仲良くなれた、とも言えます。


 その後は、どこどこのご令嬢が誰と婚約したとか、国王陛下がオルトラ領へ行くのを楽しみにしているとか、そんな話に花を咲かせました。


 殿下は冬を迎える前にこの国を発ってしまいますので、ふたりきりのお茶会は本当にこれが最後になるでしょう。


「ところでオリエッタ。その髪だけど」


 フィオレ殿下が手を伸ばし、短くなって綺麗にまとめることのできない左側の後れ毛を、指でつまみます。


「ああ、これは」

「報告は受けています。大変だったわね。でも、可愛いじゃない。以前なら嫌がっていたでしょうに、今は隠さないでいられるのね」

「……はい。おかげさまで」


 持つべきものは、私を愛してくれる人たち。

 髪型ひとつで、私を嫌う人なんていない。


 大切な人たちがそう磨いてくれたから、私はもう俯かないでいられるのです。




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