第22話 豊穣スキルってすごい
私の髪を切った通り魔はついぞ見つかりませんでした。
事件の目撃者の証言を総合的に判断すると、どうやら菓子店の女性が言っていた「見慣れない輩」のひとりが犯人と思われる……ということまではわかったのですが。
ジュスト様は「俺の責任です」と言って、犯人捜しに尽力してくれています。隣領の警らにも協力を仰いで犯人の行方を追ってはいるものの、新たな情報もないまま時間だけが過ぎて。
私の髪はせっかくなので全体的に少し短くしました。左側のサイドの毛は誤魔化しようがないほど短くなっていたのですが、お兄様とジュスト様が「それも可愛いよ」って言ってくれるので大丈夫。
事件を思い出すとほんのり怖いけど、犯人の姿も刃物も視界に入らなかったのは不幸中の幸いでした。具体的なイメージが想起できないので、必要以上に恐怖心を煽られることもありませんから。
……とまぁ暗い話ばかりというわけでもなく。
今日はついに、川に架ける橋が開通します!
そうです。オルトラの領民やジュスト様のご実家のご協力もあって森の整備は着々と進み、橋や物見櫓が完成するのです。
もちろん「仮の」ですけれど。まずは関係者が東西を行き来できればいいだけですから。だからこそこんなに早く完成したとも言えますが。
「ああ……もう完成ですか。さすがに豊穣のギフトがあると早い」
「ふふ。木を間引いたり材木を乾燥させたりするのが豊穣なのかと言われると、ちょっと首を傾げてしまいますけどね」
「好きに生えるだけでは豊かな森にはなりません。間引くこともまた豊穣に必要な条件です」
そう言いながら、ジュスト様は橋の近辺に生える赤紫色の背の高い葉に触れました。
私が持ち込んだ魔物避けの植物です。
「作業者や警備の者からも報告を受けていますが、この植物の威力はすごいです。魔物がまるで近寄って来なかったとか」
「色はかなり派手ですけどね。毒々しいくらい……。あの、多少効果は減退しますが植えるのではなくて灰を撒いても――」
「いえ。この色は近づけば害になると知らしめる優しさの表れかと。それに、橋の位置が遠目にもわかって便利です」
微かに目を細めたジュスト様に、私はどうしようもないほど胸をかき乱されます。
大切な領地に突如植えられた奇抜な色の植物。なのに、私が少しも気に病まないようにと、こんなに優しい目と声音でフォローしてくださって。
ジュスト様はいつもそう。森の整備を進める中で私が誤って別個体の木の枝をくっつけてしまったときにも、「連理木ですね、縁起がいいのでこのままにしましょう」なんて言ってくれて。
枝がくっつくことを連理と言うそうです。なぜ縁起がいいのか後で調べたら、仲睦まじい夫婦のことを指すのだとか。
こんなの、好きにならないほうがどうかしてるわ。ただ、人を好きになるのがこんなに苦しいことだとは知らなかったけれど。
喘ぐように息を吸って呼吸を整え、淑女教育で培った笑顔を貼り付けます。
「早速、西側に行ってみませんか? 領主様」
「そうですね、行きましょう」
ジュスト様が頷くと、控えていた兵士たちが整列して背筋を伸ばしました。
「英雄サマとファルカード公爵家選り抜きの兵士が一緒なら、オレはいらないか……と言いたいところだが、魔物オタクとして同行させてもらうかねぇ」
「もしものときはお兄様も戦ってくださいませ!」
オルトラ伯爵としてのジュスト様が抱える武力の中心は、実家であるファルカード公爵家から譲り受けた兵たちです。
彼らは一糸乱れぬ動きで私たちの前後に分かれ、オルトラの旗を掲げます。
「いざ、出陣」
ジュスト様が手を挙げると物見櫓の上の兵がラッパを吹き鳴らし、歩き出した兵たちの最初の一歩がドウと音をあげました。
もちろん、橋を架けるにあたって西側には度々出向いています。私たちも、兵士も、作業者も。なので西側に対して大きな期待を抱いているわけではありません。
それでも。完成した橋としての最初の通行ですから、感慨もひとしおなのです。
橋の中央あたりで一度足を止めたジュスト様が、ぐるりと辺りを見渡しました。
「さすが森と共に生きる民の技は凄い。素晴らしく強固な橋梁ですね」
「だなぁ。馬百頭だって乗せられそうだ」
「百頭は言い過ぎですけど。でも、それがオルトラの民の強みなのでしょうね」
岩山から切り出した石材による基礎と森から得た材木による橋桁。ぴかぴかに磨かれた欄干に飾りなどはなく、質実剛健といった雰囲気です。
それは端正なお顔立ちとは裏腹に、真面目で実直なジュスト様の性格を表しているようで……私も一気にこの橋に愛着が湧いてしまいました。
西側の地は、川の向こうから見たのと同じ平原があるのみ。
かつては草原だったこの場所も、今は植物を食い荒らされてすっかり土に覆われていました。
「森に続き、オリーの出番ってわけだな」
「はい。お任せください。森の整備で力の使い方はかなり学びましたので!」
森では頑張りすぎてちょっと多めに草を枯らせてしまったり、あるいは逆に茂らせ過ぎたりといくつも失敗をかさねましたから。
その度にお兄様は大笑いして、ジュスト様は真顔で慰めてくださって。真顔だと慰められてるのか叱られてるのか、ちょっとわからなかったけど。
兵が私たちを守るように広がって魔物への警戒を開始し、私は一歩前へ出てその場に膝をつきました。
「では――」
緊張のせいか鼓動が少しだけ速いし、唇が乾きます。
大丈夫、と小さく呟いてから深呼吸をひとつ。手のひらで大地に触れれば、ひんやりした感触が私を落ち着けてくれました。
目を閉じて広くどこまでも行き渡るように魔力を注ぐと、土がぽこぽこと動き出して辺りに青い香りが広がります。
活力に満ちた土は、土中で眠る草の根を叩き起こしてくれるはず。
「おお……?」
どこかで誰かが感嘆の声をあげたようです。変化が感じられたのでしょうか。
生い茂る緑を思い浮かべながら、さらに魔力を流し込みました。
「これは――!」
ジュスト様の声。続いてあがる大きな歓声。
ゆっくり目をあければ、視界いっぱいに瑞々しい緑がひろがっていたのです。
「ジュスト様、お兄様、やりまし――きゃあっ」
立ち上がってジュスト様を振り返れば、彼は思ったよりずっと近くにいて……そして私を抱え上げてしまいました。
「感服です。さすがオリエッタ嬢」
「ちょ、あははは! 大袈裟ですわ!」
その場でくるくるっと回るジュスト様に、嬉しいやら恥ずかしいやらで私も笑うしかありません。
まさかこんなに喜んでもらえるなんて!
でも。こうしてやるべきことをひとつ終えるたび、ジュスト様との繋がりもまた薄れていくのだと寂しく思うのです。
今後彼は領地改革で多忙になり、接点はなくなるでしょうから。




