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「自分を磨け」と言ったのはあなたです  作者: 伊賀海栗


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第21話 あなたがそう言うなら②


 結局お兄様は、


「オレはオリーの考えた整備計画をもとに計算し直さないといけないんでね。ふたりは……甘いモンでも買って来てくれると嬉しいんだがねぇ」


 などと言いながら城塞内の客室に引きこもってしまって。私とジュスト様とで隣領の街へと出掛けることになったのです。


 街は以前と変わらず活気に溢れ、私たちは自然とウィンドウショッピングに興じ始めました。


 宝飾品店やドレスショップなどを冷やかすたびに、ジュスト様があれも似合うこれも似合うと褒めちぎるので、もう「あなたがそう言うならそれでいいです」ってことになりました。


 そうやって突き放しても、ジュスト様ときたら「はい。俺の言葉のほうが正しいので」って真顔で頷くだけ。


 やっぱり、地味だとか一緒にいたくないとか言われるよりも、何を着ても似合う、可愛いって言ってもらえるほうが嬉しくて、私もまんざらではなくなるというか。

 ジュスト様がそう言うなら、ジュスト様の目に私がそう映っているのなら、もう十分だわ、なんて。


 一通り街歩きを堪能したところで、ジュスト様がふと立ち止まりました。どうやら本来の目的を思い出したようです。


「さて。アンドレアは甘いものが欲しいとのことでしたが……。ああ、そうだ。双頭ロフタンの乳で作った生クリームのパイにしましょう。少々並びますが疲れてはいませんか」

「大丈夫です!」


 ジュスト様おすすめのお菓子を求めてお店へ向かうと、持ち帰り用の販売は店外で行っていました。


 並ぶという言葉通り、店の前にはそこそこの長さの列が。女性客に混じって男性の姿もありますが、よく見ればそれは俗に言うカップルというものっぽいです。


 巷では恋愛結婚が増えていると聞いたことがありますけど、彼らはつまりそういうことなのでしょうか。それともご夫婦?


 私はと言えば……。一緒にいるのは英雄様ですから、当たり前のように護衛などは同行していません。つまりふたりだけのお買い物なのですが、もしかして事情を知らない人から見たら私たちもカップ――。


「オリエッタ嬢は」

「ひゃいっ?」

「失礼、驚かせましたか。カスタードと生クリーム、どちらがお好きか聞こうかと」

「断然! 断然生クリーム派です」

「意見が合致しましたね」


 些細な好みの一致だけで宝物がひとつ増えたような、今日という日が最良の1日になったような気がしてしまう。そんな気持ちが一体なんであるのか、私にだってわかる。だけど……。


「さっきは兄がすみませんでした。変なことを言ってお気を悪くしませんでしたか」


 くるくると周囲の様子を見回すジュスト様に、先ほどのお兄様の件を改めて謝罪します。結婚だなんて言われても、ジュスト様だって困ってしまうでしょうに。


「いえ、当然アンドレアの冗談であることは承知しています。大丈夫、問題ありません」

「それなら良かったです。ジュスト様は結婚なんてお考えじゃないっておっしゃってたから」


 図書室でそんな話をしたはずです。確か、「必ずしも結婚しなくてはならないわけではない、だから後回しにしている」というようなことを。


 あの頃はジュスト様とは家同士の付き合いがあるだけの顔見知りで、深く踏み込んではいけないと思っていました。


 今は……怖くて踏み込めない。そもそも私にだってティーノ様という婚約者がいますから、踏み込む権利も資格も皆無なのです。

 そう。この恋心は、花ひらく前に摘みとってしまわないと……。


「しかし考えるべき時が来たようです。俺も真剣に向き合わなくては」

「そ、そう……ですか。そうですよね。あ、私たちの番みたいです」


 一瞬、まるでガンと頭を殴られたみたいに目の前が真っ白になりました。今、彼はなんて言った?ってジュスト様の言葉を反芻して。胸の内で言葉をなぞるたびに冷や汗のようなものを感じて。


 ちゃんと受け答えできていたでしょうか、できていたと思うけど。たぶん。


 ……どうやら私はジュスト様が結婚を考えていないことに安心していたようです。彼への気持ちが強くなるにつれ、図書室での一言に縋っていたのかもしれません。


 私には婚約者がいて、どのみちこの想いが叶うはずはないのだけれど。彼が特定の誰かを愛することはないのだと、小さな小さな執着を満たしていたのです。


 だけど、彼は別の誰かのものになろうとしている。その事実が息苦しいくらいに胸を締め付けました。


「生クリームをふたつとカスタードをひとつお願いします」

「はーい。お兄さんたち、大店の若旦那と奥さんの新婚旅行ってとこ? この辺りは最近見慣れない輩がうろついてるからさ、気をつけなよ!」


 応対する若い女性の店員さんが私とジュスト様を交互に見てそう言いました。

 私たちが地元の人間ではないというのは、長く接客をしていればわかるものなのかもしれません。


「ご配慮に感謝します」

「ま、お兄さんくらい体格いい人は狙われないだろうけどね!」


 貴族は普通、お金を持ち歩いたりはしません。家名の信用において屋敷へ請求してもらうのが常だからです。

 けれどお忍びの散策ではそうもいきません。


 私はジュスト様がお会計をしている間に、商品を受け取ってそっと列から出ました。後ろにもたくさん並んでいますから、一歩でも早く動いておこうと思って。


 でも、それがよくなかった。


 人気店であるばかりか、持ち帰り用に買ったものをその場で食べる人も多いため、お店の前はたくさんの人で賑わっています。

 邪魔にならないよう、少し離れようとしたそのとき――。


「きゃぁ!」


 突然、髪を引っ張られたのです。あまりに強く引っ張られたものだから、そのまま後ろに倒れてしまいました。


 私の叫び声に周囲の人が一斉にこちらを振り返りましたが、背後にいた犯人らしき人物は人々を押しのけて、あっという間に走り去ってしまって。


「オリエッタ嬢!」


 駆け寄ったジュスト様が私を抱き起こしてくれます。


「お怪我は」

「大丈夫……あら?」


 足元に散らばる髪。

 恐る恐る自分の髪を確認してみると、どうやら一部がバッサリと切られているようでした。





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