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「自分を磨け」と言ったのはあなたです  作者: 伊賀海栗


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第20話 あなたがそう言うなら①


 ハッと気が付いたらなぜかジュスト様に手を握られていて、心臓が口から飛び出るかと思いました。いえ、痣を治していただいただけなのはわかっているのですけど。


 しかもそのタイミングでお兄様が戻って来たものだから、私もジュスト様も慌てて手を離して。そしたら勢いあまって椅子から転げ落ちてしまいました。


 お尻は痛いしお兄様は大笑いするし、踏んだり蹴ったりです。

 


 食べ物をたくさん抱えて戻って来たお兄様は、私たちの目の前にその食べ物を置くとご自分の机から書類を何枚か持って来ました。


 最初にテーブルに載せたのは、彼の地に生息する魔物のリストです。採取できる素材とその相場、加工する場合のコストと売価などが記されていました。


「オルトラ領で収集可能な魔物素材は希少価値の高いものも多い。すなわち、ただ売るだけでそれなりの収入が見込めるし、加工まで領内で行えばさらに潤う」


 書類の数字をひとつひとつ指しながら説明するお兄様。もう一方の手はハムとチーズを挟んだパンを掴み、口に運んでいます。食べながら喋らないでほしいのだけど。


「では――」


 ホッとしたお顔を書類から上げたジュスト様を、お兄様はパンで制しました。せめてもう一方の手でやっていただきたかったわ。んもー恥ずかしい。


「ただし、だ。それは収集できるんならって話。あの森を抜けてあの岩山を登って、あるいは川を渡った先で、さらに魔物と対峙するのはオレたちじゃあない。だろ」

「おっしゃる通りです。冒険者や傭兵を用いようが、領民から腕に覚えのある採集者を募ろうが、いずれにしても民間で完結させなければ」


 ジュスト様の言葉に頷いて、お兄様はもう1枚書類を差し出しました。

 こちらはコストについてまとめたもののようです。


「道の整備、密猟者に対する警備、怪我や死亡に関連するあれこれ……。領主が対応しといたほうがいいのはこのへんか」

「なるほど。金額はもとより、時間がかかりますね。特に道の整備は――」

「橋をもっと手前に架けて西側の攻略を優先できれば、時間も金もだいぶ抑えられるんだが」


 ああでもない、こうでもないと頭を悩ますふたり。

 お酒を飲みつつ話を聞いていると、検討すべき点はふたつあるようです。


 まず岩山の登山道を整備するのは困難を極めそうだということ。次に、北上せずに済むよう橋を架けた場合の魔物の対応。これは人間と魔物の居住域が近づきすぎてしまい、魔物が人を襲う可能性が高まる、ということですね。


 ついにおふたりとも黙ってしまったタイミングで、私はおずおずと挙手しました。


「あの、私なら解決できるかも……」


 ◇ ◇ ◇


 というわけでやって来ました、オルトラ領。


 ジュスト様と竜の間で対話があったからか、竜が警戒を解いていたおかげでヒッポグリフによる空の旅は快適でしたし、馬車の窓から見える景色も変わらず美しかったです。


 到着してすぐ、私たちは領主の城塞からほど近く、領の東西を分かつ川へと向かいました。この辺りは北端と違い、川幅が広くて橋がなければ渡れそうにありません。


「オリーの話だと、登山道の補強に加えて魔物避けもできるってことだったな」

「そう。滑落して使えなくなっていた道を補完できれば整備するのも楽でしょう? 手近なところに橋を架けるなら周囲に魔物避けの植物を植えたらいいし。それだけで警備の負担は軽くなるのでは?」


 植物事典を片手にご説明。

 さらに、ちゃんと魔物避けの植物の種も持っています、と布で包んだそれを掲げてアピールしておきます。


「橋を架けるなら、近くに警備用の物見櫓なんかもほしいところだな。城塞の見張りだけだと、万一魔物が接近しても対応に遅れが出そうだ」

「同意します。橋と櫓を組むための資材は――」

「もちろんこの森から採りましょう。陛下の思召しで森の手前側は狩猟場にしたいとのことでしたし、その整備を進めつつ、伐採した木材を加工しつつ、橋ができたら西側の草原の活性化をして――」


 私がやるべきことを指折り数えていると、ジュスト様が微かに眉をひそめました。


「ですが、そこまでオリエッタ嬢に頼りきりになってしまっては」

「あら。ジュスト様は私にギフトの研鑽をさせてくれているだけですわ。技術を磨けてとても感謝しています」


 それでもイマイチ納得しきらないお顔のジュスト様に、お兄様がニヤリと笑いながら彼の肩を叩きます。


「お前らふたりが結婚すればいいと思うがね。それならオリーにとっても未来への投資だ」

「は? お兄様、何を言っ――」


 私の言葉はバサバサッという乾いた音にかき消されました。

 音のしたほうを見れば、ジュスト様が書類を落としてしまったようです。風に舞って何枚か飛んでいきそう。


「……なるほど、それは確かにその通りですね。結婚。なるほど、俺とオリエッタ嬢が。結婚。至極効率的な提案です」

「や、ジュスト様まで何を。冗談言ってる場合じゃないですよ!」


 ジュスト様は表情を大きく変えることが少ないので、彼が今何を考えているのかさっぱりわかりません。わかりませんが、とりあえず書類は拾ってほしいところです。


 書類を拾ってはジュスト様にお渡ししているけれど、逆さまのまま重ねてるし。大丈夫でしょうか、大丈夫じゃなさそう。


 お兄様はお兄様で、せっせと拾い集める私にただただ笑ってばかりだし。あなたも手伝ってください。


「これはジュストがキャパオーバーになったときの反応だから、オリーも覚えとくといいぜ」

「キャパオーバーって――あっ大変! 書類が濡れちゃう!」


 ひらりと舞った1枚が川のほうへと飛んで行きます。

 私は慌てて川へ飛び込もうとしたのですが、力強い腕によって腰を抱かれ引き留められました。


「間一髪。お気持ちには感謝ですが、あの紙に身体を張るほどの価値はありません」

「あっはっは! 落としたお前が言うなってな」


 お兄様が大笑いする声が聞こえるけど、私はそれどころじゃないです。

 後からぎゅってされて! 耳元で囁かれて! 平常心でいられないんですけど!



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