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「自分を磨け」と言ったのはあなたです  作者: 伊賀海栗


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2/6

第2話 いつもの夜会②

本日2/3回目の更新です。


 王女といえば他国へ嫁ぐのが習わしでした。政治的な事情ですね。

 けれどわが国には5人もの王女がお生まれになり、末姫であるフィオレ殿下のご結婚相手は国内の有力貴族になるのではと噂されていたのです。


 すると、その他のご令嬢たちもなかなか婚約に踏み切れません。

 公侯爵家のご令息であればフィオレ殿下のお相手となり得ますからね。政治的な事情でご破算になる可能性がある以上、そう簡単に婚約を結べないのです。


 しかし今、フィオレ殿下は隣国へのお輿入れが決まりました。うら若き令嬢たちはその楔から解き放たれ、将来の夫を探すべくこうして情報交換に勤しんでいるというわけです。

 そんな小鳥たちの囀りは、フィオレ殿下が扇を畳む鋭い音でぴたりと止まりました。


「ほらほら、今日はオリエッタを励ます会にするはずでしょう?」

「励ます?」

「あの男よ、ティーノ・ミラベラ」


 その場にいる全員が目を眇め、ティーノ様をじろっと睨みつけたので思わず笑ってしまいました。

 公爵家のご令嬢は左側の眉毛を上げて小鼻を膨らませます。


「今夜も相変わらず残念な男だったわね、ミラベラ伯爵令息は」

「お声が大きかったですね、失礼しました。元はと言えばティーノ様の求める水準に達せない私が悪いのですわ。でも何をしても彼のお眼鏡にかなうことがないので、容姿に関しては諦めました」


 元々の顔立ちが地味なせいでしょう。フリルをふんだんに使った流行のドレスよりも、シックなもののほうが私には丁度いいようです。

 髪飾りも同じ。今夜はシニヨンにして真珠をいくつか散らせたのですが……最近のトレンドは大きなお花を一輪挿すのがいいみたい。


 ナタリアなんて、どちらがお花でどちらが頭かわからないくらい大きな南洋のお花を咲かせています。


「いいえ。オリエッタ様はいつだってお美しいですわ」

「本当にその通りだわ。なぁにが『自分磨きを忘れるな』よ。ご自分こそ磨きあげるべきでしょうに」

「今夜の主役はフィオレ殿下ですもの。オリエッタ様の装いが正しいに決まってます!」

「本当に偉そうな男。思い違いも甚だしいわ!」

「世界が自分中心に回っていると勘違いでもしているのでしょうね」


 そうだそうだと小鳥たちが言いたい放題に囀って、目の前のテーブルからはお菓子とお酒がどんどん消えていきます。もちろん、気付いた給仕がすぐに補給してくれるのですけど。

 やっと手に取ったクッキーはサクサクで、バターが香ばしくて……とても素朴で優しい甘さでした。


「ところで自分磨きって……一体何をしたらいいのでしょう」


 私の問いかけに真っ先に反応してくださったのはフィオレ殿下。温かい手で私の手を包みます。


「よく聞いてね、オリエッタ。本来、自分磨きというのは大きな花を頭に乗せることではないの。不得手を減らしたり、得意を伸ばしたり、あるいは教養を深めたりして人生を豊かにするためのものよ」

「人生を豊かに……? 私、何かを学ぶ際には婚家で役に立つか否かを判断基準にしていて……そんな視点はありませんでしたわ」


 ミラベラ家は領地を持たない家門ですから、守るべき土地も領民もなく、女主人として管理すべき事柄は多くありません。その代わり、各界の有力者と密に情報を交換するべく社交にはかなり力を入れねばならない――と、そんな風に考えていたのですが。


 フィオレ殿下は小さく首を横に振るばかり。


「オリエッタの人生なのだから、もっと自分のために自分のしたいことを」

「自分のしたいこと、ですか。実は兄の影響で魔物の生態に興味があります。でももっと知りたいのは植物についてで」


 お菓子を片手に、公爵令嬢が力強く頷きました。ほっぺにチョコレートがついています。可愛い。


「オリエッタ様からいただくお花はいつも瑞々しくて長持ちしますわ。確か、オリエッタ様が手ずからお育てになっていらっしゃるとか」

「わたしも、オリエッタ様のお花にはいつも驚かされています。香りも色もひときわ強いのですもの」


 伯爵令嬢が同意しながら、隣に座る公爵令嬢の頬をハンカチで拭いました。

 確かに、ちょっとしたご挨拶でお送りするお花は私が趣味で育てたものばかり。そんなに褒めていただけるとは思っていなかったから、なんだかモジモジしてしまいます。

 だけど、勇気もいただきました。


「で、では私、自分磨きをすると誓いますわ! もっともっとたくさん植物を育ててみたいです!」


 私がそう宣言すると、まるでお花が咲いたみたいに「わっ」と場が華やぎました。

 皆さん笑顔で、ぱちぱちっと手を叩いて私を応援してくださるのです。なんだか気分が高揚してきました。

 先ほどまではちょっぴり沈んでいたけれど、今はすぐにも動き出したくてくすぐったいくらい。


 皆さまがホッとしたお顔でそれぞれのお喋りに夢中になる傍ら、フィオレ殿下が私のほうへと向き直ります。


「もしよかったら、城の庭を貸してあげるわ。広いほうがいいでしょう?」

「えっ、よろしいのですか?」

「わたくしがこの国にいる間だけだけれど。オリエッタの忠節に応えたいの」

「フィオレ殿下……寂しくなりますわ」

「わたくしもよ。どうか、自分の人生を大切にしてね」


 フィオレ殿下の年齢は私よりひとつだけ若く、年の近い私は幼い頃から姉妹のように仲良くさせていただきました。


 隣国の大公妃となられる彼女とは、今後お目にかかる機会はぐっと減ることでしょう。

 殿下にご安心いただけるように、まずは自分磨きを頑張らなければ。と、改めて心に誓うのでした。




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