第17話 試される夜会②
会場からエントランスへ向かうまでの僅かな時間にも、ティーノ様は得意げに私の装飾品をこき下ろします。
「今夜は重要な夜会だというのに、相も変わらず地味なことだ。一体どれだけ自分磨きをしろと言えば伝わるんだ?」
「でも今夜のお姉さまは初めて目にする宝石をお召しですわ」
ナタリアの言葉で気が付いたらしく、ティーノ様が私の全身に視線を走らせました。
そしてスカイブルーの瞳を苛立たしげに細めます。
「……だからなぜそんな地味な色を選ぶ?」
「それは――」
「しかも最近は僕を差し置いて遊び惚けていたようじゃないか。いや、言い訳はいらない。君は考えが足りないようだから、わからせてやらないとな」
もちろん遊び惚けていたわけではありません。
それに私の胸と耳を飾るのは、やはり先日ジュスト様たちと一緒に買ったアクセサリーです。交通の要衝というだけあって各地の特産品が並ぶ土地でしたが、このアクセサリーはその最たるもの。
今夜、深い海の底のような色をしたこのサファイアを選んだのには、れっきとしたわけがあるのです。 けれど、ティーノ様はその理由に気付かないばかりか、話を聞いてもくれないみたい。
「ティーノ、早くこちらへ」
女性の声に顔を上げれば、エントランスには既にミラベラ伯爵と伯爵夫人の姿がありました。夫人がそっと手を挙げて私たちを招いています。と同時に、玄関扉も大きく開け放たれました。
既に馬車は到着しており、賓客が降りる前にしっかり並んでおかなければ、と私たちは足早に伯爵夫妻の元へ向かいます。
しかし……伯爵夫人の横にティーノ様がお並びになった、そのとき。なんとナタリアがティーノ様のお隣に立ったのです。
これにはさすがの私も驚いて、一瞬言葉を失ってしまいました。
「ナタリア、今はふざけている場合では――」
「いやー、ようこそおいでくださいました!」
間に合いませんでした。
伯爵の朗らかな声。馬車から降りたお客様がこちらへやって来ます。もうこのままでお迎えするしかありません。
伯爵、伯爵夫人、ティーノ様……と順に挨拶を終え、お客様の視線がナタリアへ。本来ならここでナタリアが一歩下がり、ティーノ様が私をご自分の婚約者として紹介――となるはずです。
が、困ったことにナタリアは下がらないしティーノ様も何も言いません。
「……あの?」
ティーノ様のそばに女性が2人いながら、紹介がなされないためでしょうか。お客様が困惑した様子で声を上げられました。
「そちらがミラベラ伯ご令息の婚約者の方でしょうか?」
お客様はナタリアのほうを見てそう尋ねられます。それはそうでしょう。ナタリアがティーノ様の右手をとっているのですから。
一方ナタリアはそれを聞いて満足そうな表情を浮かべました。恐らく彼女はそう勘違いされるよう仕向けたのです。勘違いされる事こそ、自分の価値が私より高いことの証明……といったところでしょうか。ただそれだけのために、こんなことを。
「おい、ティーノ。何をしている……?」
伯爵夫妻が今更嗜めようと掠れた声をあげます。
釣られるようにティーノ様へ視線をやれば、なんとも気持ちの悪い笑みを浮かべて私を見つめていました。探るような、試すような、子どもが小さな生き物を嬲るときのような、嫌な笑みです。
先ほどの「わからせてやらないと」という言葉が思い出されました。
――この人は、もう駄目。
頭の後ろの方でプツっと音がした気がします。
と同時に胸の内は冬の朝の空のように冴え冴えと晴れ渡って。
「大変失礼いたしました。キャロモンテ侯爵が長女のオリエッタと申します。お会いできて光栄ですわ」
ナタリアを隠すように一歩前へと踏み出して淑女の礼を。
お客様もホッと小さく息をついて、顔をほころばせました。
「ああ、あなたがキャロモンテ侯のご息女の! ではミラベラ伯のご令息の婚約者というわけですな」
「まぁ! 父をご存じでいらっしゃいましたか」
「侯爵も、アンドレア殿もよく知っていますよ。そしてあなたのこともきっと忘れません。その髪飾りもサファイアも、よく似合っていますよ。大変嬉しく存じます、ありがとう」
一時はどうなることかと思いましたが、お客様は満足そうに大きく頷いてミラベラ伯爵の案内で会場へと向かわれました。
取り残されたティーノ様とナタリアが目をパチパチと瞬かせています。
「地味なサファイアが、なんだって?」
「その野暮ったいデザインの髪飾りが、お隣の国では流行ってるのかしら」
まったく話になりません。
紺碧のサファイアはお隣の国で産出されるものです。それに雪の結晶、つまり雪片はお隣の国にとって紋章にも取り入れられる象徴的な模様です。
ナタリアはともかく、宰相のご子息ともあろう人がそれを知らずにいるだなんて!
それに何より、私を困らせたいがために対人儀礼をなおざりにするのは、本当に許せません。あれはお客様に恥をかかせる行為です。国家間の問題に発展しかねない、あり得ないほどのやらかしです!
お隣の国、なんて簡単に言いますけれど、ジュスト様とお兄様が命を賭して戦い、会談の機会をもぎ取った相手国なのです。そして、フィオレ王女殿下の嫁ぎ先でもあります。
それを、この人たちは――!
「さぁ、私たちも戻りましょう」
声の震えを悟られないよう静かに言って、踵を返します。あまりに悔しくて油断したら泣いてしまいそう。
流行りがなんですか。華やかならどうだって言うんですか。平和のためにその身を、命を、人生を賭けた人たちの爪の先ほどの価値だってありはしません。
と言っても、私だってそんな当たり前のことに気付けたのは、ジュスト様と過ごす時間があったからです。
胸を張って今夜のような――ティーノ様に言わせれば地味な――装いを選択できたのも、ジュスト様がたくさんの言葉を紡いで褒めてくださったから。
「おい、オリエッタ。勝手なことをするな。僕の婚約者なら――」
「婚約者だと紹介なさらなかったのはティーノ様ですわ」
友人たちも言っていたっけ。彼こそ、自分磨きをするべきだって。
かつて私が宰相夫人となるために学んだことは無駄ではなかったし、自分を磨くべく多くの事柄に興味を持ち、新しい場所へ飛び込んだのは大正解でした。
そういった意味では、ティーノ様に感謝をしなければいけないかもしれませんけど。
会場へ戻りましたら、なぜでしょう、全員の視線が一斉にこちらを向いたのですが。




