第16話 試される夜会①
霊峰オルタンシアでの竜との邂逅から3日がたって、今、私は両親と一緒に夜会へ向かっています。
ヒッポグリフによる空の旅は移動時間を大幅に短縮できますが、心はそんなに早く日常へと戻せはしません。
あの日、崖から落ちた私を助けてくれと願ったのは子竜だったそうです。
子竜を守った私たちに対し、竜は敬意をもって接してくれたとジュスト様は言います。ジュスト様は今後、竜との対話が可能になると喜んでいらっしゃって、私も嬉しい。
「ニマニマしてどうした?」
お父様の声に我に返ったのはいいのですが。
「ニマニマしてましたか」
「とてもな。気持ち悪かったよ」
「思い出し笑いみたいなものですわ」
「気を引き締めろよ。今夜は失敗できないぞ」
夜会の会場は宰相であるミラベラ伯爵家――つまりティーノ様のお屋敷。
参加者数はそれほど多くない小さな会ですが、隣国の要人を招き、国政上のキーパーソンばかりを集めたものです。その重要度も推して知るべし、でしょうか。
私とお父様が頷き合っていると、お母様は頬を小さく膨らませました。
「小さくとも格式高い会だと聞いてましたのに、なぜナタリアが招待されているのかしら」
「ベルテ子爵家からは娘のナタリアだけが出席だそうだな」
「そもそも子爵家は他のどちらのお家も呼ばれてませんでしょう?」
お母様の言う通り、伯爵から上のいわゆる上位貴族と呼ばれる家門ばかりが、招待されていると聞いています。その中でもさらに、国政の中枢を担う家が中心ということだったはずですが。
ナタリアの招待理由については確か……。
「ええと、若い世代の流行に関するアドバイザーとして、とティーノ様がおっしゃってました。ですから厳密には招待客というより、ホスト側だとか」
私の言葉に、お父様もお母様もまるで時が止まったかのように目を丸くしました。
呆れたように首を振って、お父様がため息をつきます。
「アドバイザーとは。まったく、ミラベラ伯爵にも困ったものだ。息子の暴走を止めるのが役目だろうに」
「あのような小娘が流行を語るなど、我が国の恥ですわ。大体、ナタリアは流行を終わらせる側の人間ではありませんか!」
お母様がご立腹なのも無理はありません。
本来、流行とは尊い女性から生み出されるものです。たとえば王妃殿下や王女殿下、あるいは公爵夫人など……。彼女たちに憧れて、女性たちがこぞって真似をする。だから流行る。
流行が広がりすぎれば――つまり、子爵家や男爵家の女性たちにまで波が及べば、その頃にはまた新たな装いが生まれている、というわけです。
「とにかく、あやつらが暴走するようならフォローを頼む、オリエッタ」
「私がですか?」
「国のため……本家の娘として、あるいは婚約者としての責務だよ。さぁ、着いた」
そう言われると嫌だとも言えません。
でもナタリアの流行トークを私が諌めたら、ティーノ様はなんておっしゃるかしら。
キリキリ痛む胃をなんとか誤魔化しつつ邸内へ。今夜の主役である隣国の要人はまだいらしていないようでした。
主だった面々と挨拶を交わした後は、両親と別れ友人の公爵令嬢と合流します。小さな会ですから、若い世代の姿は多くなく、友人も彼女だけ。
会場の隅のソファーへ掛けるなり、友人は溜め息をつきました。
「オリエッタ様。ティーノ様ったらどうしちゃったのですか?」
「どうって?」
「ナタリアさんを連れ歩いては、色んな方から白い目を向けられてらっしゃいます」
友人のしらっと冷めた視線の先にはティーノ様とナタリアの姿が。ふたりはお人好しで有名な伯爵とお喋りに興じていますが、伯爵のお顔は「早く解放して」と懇願するかのよう。
「なんというか……強く拒否できない方に絡んでるように見えてしまって」
「実際その通りだわ。あの伯爵様を捕まえるまで、他のどなたにも相手にされなかったのですから」
お父様、私のフォローは間に合わなかったかもしれません。
心の中でそっと手を組んで懺悔をし、見なかったことにします。国内の貴族が相手なだけ、まだマシですけれど。
「ところでオリエッタ様。オルトラ領へ遊びに行かれたとか」
「ええ、兄のおまけでご招待いただいたので」
「いかがでしたか、オルトラ伯爵は!」
領地ではなく、伯爵の様子を聞きたがる友人に思わず笑ってしまいました。
何から語ればいいかとオルトラ領でのことを思い返してみれば、やはり印象的なのは竜との邂逅でしょうか。
ジュスト様がしっかりと頭を抱えてくださったなぁ……なんて、そっと髪に手をやりましたら指先に触れたのは3人でお出掛けした際に購入した髪飾りです。
霊峰オルタンシアでは、春の一時期だけ虹色の雪が降ると言います。それを「竜の涙」と呼ぶのですが、この髪飾りは「竜の涙」をイメージしたもの。
雪の結晶のような六角形のそれは、貝の内側を薄く加工したものが丁寧にはめ込まれ、虹色に輝きます。
ジュスト様が選んでくださって、お兄様が買ってくれた大事な宝物です。
「そうですね。強くてお優しくて……英雄と呼ばれるだけのことはあると」
「ちょ、オリエッタ様……! その可愛らしいお顔、まさか」
顔を赤くして長いまつ毛を震わせる友人に、ちょっと困惑してしまいます。可愛いのはあなたでは?
一体全体どうしたのと尋ねようとした言葉は、発するより前に霧散してしまいました。男性の声が私を呼んだからです。
「オリエッタ」
「……ティーノ様」
「賓客のお出ましだ。挨拶を」
賓客……主役である要人がご到着されたのでしょう。
ホスト側の人間であるティーノ様がわざわざ私を呼んだということは、彼の婚約者として並んで出迎え、挨拶をせよということ。
頷いて立ち上がると、ティーノ様の背後に控えるナタリアと目が合いました。ニッと笑った彼女の瞳はどこまでも冷ややかで、胃がキリっと痛んだのです。




