第14話 竜の棲む山②
翌日、青い泉をぐるりと回った先から岩山へと登り始めました。
この道が作られたのは数百年は昔だろうと、お兄様は言います。傾斜は大きく、山肌が崩れたのか道とは決して呼べないようなところもあって。
そんな時にはお兄様やジュスト様が私を抱え上げてくれるのですが……。
お兄様が小さいときに着用していた鍛錬用の服のいいところは、身軽に動けるところ。けれどコルセットをしないので腰を抱かれると死ぬほど恥ずかしい、というのがダメなところ。本当にダメ。真っ赤な顔を見られていないといいのですけど。
さっと私を抱え上げ、問題なく自分の足で立っているのを確認すると、ジュスト様は小さく頷いて進行方向へ向き直ります。
私はそんな彼の横顔に、昨夜のため息を思い出すのです。
『昔、神殿で確認した際には“一部の魔物の言葉を解するギフト”を持っていると言われました。ですがこれまで、魔物の意思を理解できたことはなく……』
『それが、隣国との戦闘中に竜の声が聞こえたってんだから驚いたぜ』
『正しくは、何者かの声……です。竜と決まったわけでは』
そんな風に「竜の声」について曖昧に否定していました。
私はお兄様と一緒になって、励ますつもりで竜の声に違いないと言いましたが……今朝になって、軽率だったかなぁと反省しています。
今、このギフトの対象が竜の声であってほしいと最も願っているのは、ジュスト様に違いないんですから。
「開けた場所に出ましたね。この辺りで一度休憩にしましょう」
「さて、聡い竜とやらにはどうやったら会えるのかねぇ」
「恐らくもう少し上のほうかと。強い者ほど高地に巣を作るとか」
「ま、まだ登るんですか!」
思わず、崖から下を覗き込んでしまいました。青い泉はもうほとんど見えないくらい高い……というのに、まだ上に行かないといけないなんて。インドアな私の足はもうすっかり棒になっています。
が、ジュスト様はさも当然といった様子で首肯しました。
「そうですね。今は魔力の気配にも強く警戒しているでしょうから、魔法で上へ行くわけにもいきませんし……。ああ、でも今日は偵察だけです。もう少しだけ登ったら降りますのでご安心を。後日、俺ひとりで――」
「ひとりなんて水臭いこと言いなさんな。オレにも付き合わせてもらわないとねぇ。竜の巣を見られる機会なんざ中々ないんだから」
「わっ、私だってご一緒したいです! 山の上には未知の植物があるかもだし……」
「ふ……やはりアンドレアの妹ですね」
なんで笑われたのかわからないし、お兄様と同種だと言われるのは遺憾です。遺憾ですが、でもジュスト様の笑顔は貴重なので……なんというか、いいものが見られましたね。
休憩と言いながらも、体力オバケのふたりはふらふら歩いては辺りを調査し始めました。竜の鱗が落ちてるとか、この糞はまだ新しいとか、魔石も採れそうだとか、そんな声が聞こえてきます。
私は私で、持参した植物事典を片手に周囲の植生を観察。今後のためにも登山道を綺麗にしたいですからね。崩れたところや幅の狭いところは植物で補完できると思うので。
岩山といってもそこかしこに草花が茂っています。休憩地点と定めたこの場所などは一面の緑で、見たことのない鳥が飛びもせず走り回っていました。どうやら翼を持っていないみたいです。それって鳥かしら?
私は手近な植物の花を咲かせてみたり、蔦を伸ばしてみたり、練習を兼ねて色々試していたのですが……ふと顔をあげた先に、なんと竜がいたのです。少し離れた小さな岩の陰からこちらを見ていて。
「え……?」
「きゅ……?」
まだ子どものようです。といっても体高は私の胸ほどもあるので全然小さくないんですけど。いや、竜って大きいんですもの、きっと竜の中では小さいのでしょうね。
トカゲのような顔。頭には2本の角が生え、背後には鋭いかぎ爪のついた翼もあります。ただその瞳は澄んでいて、私と咲いたばかりの花とを交互に見ては首を傾げていました。豊穣のギフトに興味を持っているようです。
もしかして、竜族の警戒を解く小さな一歩になれるかも! そう思って、次から次へとお花を咲かせながら子竜へと少しずつ近づいていきました。子竜も興味津々で一歩また一歩とこちらへやって来ます。
「オリエッタ嬢、花に夢中になってあまり離れませんよう。そちらは崖です」
ジュスト様が近づいてくる気配が。子竜をびっくりさせたくないので、来ないで、とジェスチャーを送ろうとしたのですが……。
振り返る過程で視界に入ったのは、双頭の羊。そう、双頭ロフタンです。子竜を狙っているように見えます。双頭ロフタンといえば、混乱と石化の魔法を使う魔物。
もし子竜が混乱して私たちを襲うようなことがあったらどうでしょう。我が国の誇る武人がふたりいるのだから子竜に負けはしないでしょうが、どう転んでも相互理解なんて……!
考えるよりも先に足が動いていました。驚いて動きを止めた子竜と双頭ロフタンの間に滑り込むのと、ロフタンの角が光るのはほぼ同時で。
――光を浴びるのがよくないらしい。特に頭部な。混乱も石化も生物の脳に作用して引き起こすんじゃねぇかって言われてる。だから頭を守るのが肝要だ。
ティラミスを待つ間に聞いた、親愛なる魔物オタクの言葉が思い出されます。
腕を広げて背伸びをして、精いっぱい子竜の頭部を光から守りました。ところが。
「あ……ったったったっ! ひっ」
勢い余ってそのままつんのめった私の身体は、向こう側の崖から転げ落ちてしまったのです。
見送る子竜の目は驚きに満ちていて、ああ、無事でよかったって思ったのですけど、落下する私のほうは全然無事じゃないのでは――!




