第13話 竜の棲む山①
季節を問わず頂に雪をまとう霊峰オルタンシア。雪のドレスからほつれた一糸が川となり、北東から南西へと流れてオルトラ領をふたつに分かちます。
領主の住まう城塞や民家は南端にまとまり、森の恵みを受けて慎ましく生きてきたそうです。
西側の草原地帯へ向かうには、城塞からヒッポグリフを使うか森を縦断した先にある川の浅瀬を渡るしかありません。
草原は竜の生息域ですから、魔物や竜がやって来る危険を冒してまで近場に橋をかけるメリットがなかったのです。今なら、必要なときにはヒッポグリフがいますしね。
「最近は竜の警戒範囲が広く、ヒッポグリフを使えません。ですので草原地帯を目指すなら北側で渡河する必要が」
「どっちにしろ北端には行こうと思ってたんだ、旅程が多少伸びたところでな」
「北端?」
「はい。一口に竜と言ってもオルトラに生息する竜は約20種。中でも北端に棲まう竜は最も賢く強大で、一帯の竜を制御できると考えられています」
「聡い竜は人間の言葉を理解するって聞きますけど、もしかして……」
「はい。竜と事を構えるのは得策ではありません。まずは穏便に相互理解を深めたいところです」
そんな話をしながら、丸一日馬を駆って森を抜けました。
森は奥へ行くほど木々の幹に爪痕が増え、大きな茶色い落とし物や捕食用の粘液でできた網など、魔物の痕跡がたくさんで。
もちろん途中で何度か魔物の襲撃に遭いましたが、英雄様が一緒ですから何も問題ありませんでした。
なんならジュスト様の使う魔法に見惚れてしまったくらいです。無駄がなくて、浮かび上がる魔法陣は精緻かつ美麗。それにジュスト様の真剣な眼差しが本当にかっこよくて。
手綱を握る手に力が入らなくなった頃、どうにか森を抜けたと思えば目の前には美しい青の泉が。奥の岩壁から幾筋もの水が滝のように流れ落ちています。ここが北端でしょうか。
少々無理して森を抜けたので辺りはすでに暗く、ジュスト様の魔法による明かりと、水辺を好む光虫の光で水面がキラキラ輝いています。
「綺麗……!」
「今日はこの辺りで休みましょう。魔物避けの結界を張るので襲われる心配もありません。明日は早速山を登ります」
「山を」
山って、まさかこの岩壁の話じゃないですよね……? 登れるのかしら。
まぁ、明日のことは明日考えるとして、まずは手分けして野営の準備です。火を熾し、馬を世話して。
ジュスト様は小さな魔石を、私たちのキャンプを囲むように指で弾きます。祈るように左手の拳を胸元で握り、何か呟くと魔石が光って五芒星を描きました。
一連の動作を見つめる私の頭に、お兄様がポスっと手をおきます。
「口開いてんぞ」
「あれ」
「一応言っておくと、ジュストはオレが知る限り最もいい男だ。オレの次にな」
「えっ? は? 突然なに?」
「なんだろうな」
お兄様はいつの間に釣ったのか、串を打った魚を焚き火の傍に刺し始めました。……まさか魚を触った手で私の頭に触れたわけじゃないですよね?
その後はみんなで簡素なスープを作り、お腹を満たします。
「森はどうでしたか」
「ブナやモミがたくさん生えていて、しっかり管理すれば木材だけでもそこそこの利益が見込めそうですわ。もちろん魔物対策は必須ですけど」
「実は陛下が秋になったらこの森で狩りをしたいと仰せでして」
「あっはっは! 相変わらず無理難題を押し付けられてるねぇ! この短期間で王侯のための狩猟場なんか作れるかってんだ」
ジュスト様とお兄様が言うには、ジュスト様が陛下からの要望に応え続けた結果、依頼の難度が上がっているのだそう。
無理なものは無理って言わないと、とお兄様は笑うけれど……。昨夜のジュスト様の様子を思い出すと、簡単には同意できません。
「ううん……。広さをある程度制限すれば整備も間に合うかも。もちろん、私のギフトありきですけど」
「それは助かります」
「おうおう、我が妹ながらイケメンに甘いこって。じゃ、あとは竜の対処だけだな」
「はい。人間が大挙して森へやって来れば、間違いなく警戒されます。場合によっては攻撃を受ける可能性も」
「営巣地ですからね……」
霊峰オルタンシアを見上げてもここからでは何も見えないけれど、闇の中で竜は私たちを見ているのでしょうか。火が爆ぜる音の合間に、どこかでギャオーと獣が鳴くのが聞こえます。
水の匂いを運ぶ風が首元を撫で、私の身体がぷるっと震えました。ジュスト様が毛布を掛けてくださって、背中がじんわり温かい。
「相互理解って可能なのですか? 聡い竜は言葉がわかるとか、かつて竜と交流を持った人間がいるとか、話には聞きます。でも実際に竜と良好な関係を築いている国はありません。おとぎ話でしょうか?」
「少なくとも人間は竜の言葉を理解できませんが……」
「かと言って、おとぎ話だと切り捨てるのは早計だ。ギフト持ちならあるいは」
「ギフトですって! 都合よく竜とお喋りできるギフトを持った人を見つけるなんて――」
「それがここにいる」
お兄様が親指を立ててジュスト様を指し示します。
私の視線がお兄様の指の先を追うように移動すると、ジュスト様が困ったようにため息をついたのでした。




