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「自分を磨け」と言ったのはあなたです  作者: 伊賀海栗


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第12話 酒の席では


 その夜。領地探索を明日に控え、私たちは夕食後早々に各自の部屋へ戻ったのです。が。


 部屋を訪ねてきたお兄様が「土産を渡し忘れた」とワインを私に押し付けまして。オルトラへ来たのは昨日だというのに、何をやっているんでしょうか、あの兄は。


 緊張のあまりワインを片手にジュスト様のお部屋の前で佇むこと3分。何をやっているんでしょうか、私は。


 意を決して扉をノック、お返事を待って中に入りました。


「……あ。鍛錬中でしたか。ごめんなさい、すぐに出ますから」

「いえ、すみません。もうすぐ終わるのでしばしお待ちを」


 ジュスト様は上半身裸のお姿で腕立て伏せをしていました。


 身体を流れる汗の量から察するに、食後はずっと鍛えていたようです。兄とは違う筋肉の躍動に、ついつい見入ってしまうのはよくないですね。


 っていうか、もしかして喫茶店で兄を英雄と間違えられたことを気にしてたりして……?


 立ち上がって汗を拭くジュスト様と視線がぶつかるなり、彼は真顔で微かに首を横に振りました。


「これは日課です。決して、昼間の噂話を気に病んだわけでは」

「そっ、そうですよね。はい、わかってますわ。大丈夫です」

「……いえ、すみません。日課は日課ですが、気にならなかったというのは正しくない。見栄を張りました」

「ふふふ、見栄は向上心の源ですから。あ、これ、兄からです。ワインはキャロモンテ領の名産で――」


 やっぱり気にしてたのかと、なんとも言えない温かい気持ちになります。


 手早くシャツを羽織ったジュスト様にワインボトルを差し出したところ、彼の目が微かに光ったような。もしかしたらお酒がお好きなのかも。


「こ……れはレアワインです」


 しかも結構お詳しいみたい。


「そうなんですか。実は私、名産だというのに不案内で」

「甘くて口当たりも滑らかです。よろしければご一緒に。アンドレアは下戸ですが、オリエッタ嬢は」


 言いながらも既に彼の手にはグラスがふたつありました。

 数日お世話になる身ですし、ちょっとくらいお付き合いしたほうがいいと思います。そう、お世話になっているので!


「少しなら」

「それは僥倖。酒は誰かと飲むほうが美味いですから」


 窓際のテーブルに向かい合って座り、グラスを掲げて乾杯です。


 窓の向こうに広がる星空や、テーブルの上でちろちろ揺れるキャンドルの火がどこかロマンティックに感じられるのは……ジュスト様の表情が和らいで見えるからでしょうか。


 彼の言うとおり、ワインはとっても甘くて飲みやすくて。舌の奥に残る僅かな酸味が次の一口を呼ぶという悪魔的な美味しさです。


 ボトルの中身が半分より減った頃には、ジュスト様の目はすっかりとろんとしていました。お酒は弱い……のかも?


「陛下がオルトラをくださったのは、俺なら魔物を抑えられると期待してのことです。わかっています。わかっていますが、厄介払いしただけだろうと考えてしまうのも無理からぬ様相です、この土地は。もちろん竜が減った要因のひとつに戦時の俺の魔法があると言われればそれまでですが、土地を整備し経営を立て直して領民を――」


 酔うとかなり饒舌になるようです。お兄様の魔物語りに匹敵するか、それ以上の滑らかさで語り続けています。


 内容は少々愚痴っぽいですが、ジュスト様が日頃いかに感情を抑制しているのかがわかって、好感度が上がってしまいました。なんだか可愛い。


「あまり根を詰めすぎませんよう」

「いえ。それくらいでないと足りません」

「え?」


 低い声。空気が少し変わった気がして息を呑みます。

 ジュスト様のお顔は、覚悟と悲哀が入り混じったあの表情で。


「俺は不要な息子ですから。養父母へ迷惑をかけず成果をあげ、公爵家に利する存在であり続けなければ」


 不要な息子、という言葉に思い当たることがありました。


 元々ファルカード公爵様が、公爵家を継がせるつもりで傍系から養子としたのがこのジュスト様。けれどどんな運命のいたずらか実子が生まれたため、ジュスト様ではなく弟が次期公爵となることに。


 それでファルカード公爵家を揶揄したい無神経な人々が、「引き取り損」だとか「邪魔な子」、「不要な息子」と言いたい放題だったとか。


 ジュスト様が長じて王国の筆頭魔術師となり、英雄となった今、そのような戯言を口にする人のほうが稀ですが……その心は傷ついたまま、ということでしょうか。


「英雄となったのに、まだ頑張るのですか」

「些細なミスが評価を落とします。俺を受け入れてくれる養父母をがっかりさせたくありません」


 完全無欠の貴公子と呼ばれる彼の本当の姿は、完璧であらねばならないと自らを厳しく律する悲しい少年、なのかもしれません。


 家同士の繋がりもあるので、公爵夫妻には私も良くしていただいています。彼らがジュスト様にここまでの完璧を求めるようには思えないのですけど、家庭内のことは他者には見えませんものね……。


 再びとろんとしたお顔になったジュスト様が、くてっと肩を落としながら私を見つめます。


「オリエッタ嬢が羨ましいです」

「羨ましい? 私が?」

「羨ましいし憧れます。その無垢なまでの素直さは家族からの無償の愛と信頼なしに育ちません。くるくる変わる表情さえ眩しくて……俺は……」

「……ジュスト様?」


 寝ちゃったみたいです。クークーと寝息をたてるジュスト様の肩に、毛布を掛けて。


 図らずも彼の心の柔らかい部分に触れてしまいました。何か私にできることはないかと考えたのですが……、まずはこの領地の改善ですね!




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