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「自分を磨け」と言ったのはあなたです  作者: 伊賀海栗


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第10話 平和な一日①


 オルトラ領から馬車で小一時間ほどのところにある街は交通の要所とのことで、とても賑やかでした。

 人がたくさんいて、往来には馬や馬車が行き交って。

 道に並ぶ店も食料品、衣料品、雑貨、なんでもあります。


「あっはっは! オルトラ領とはえらい違いだな!」

「オルトラでは人間が隅に追いやられています。みな、こちらの隣領に居を移し過疎化は進むばかり」


 肩をすくめるジュスト様に、お兄様はお腹を抱えて笑い続けます。我が兄ながら失礼だわ。


「でもこの街が栄えているのは、オルトラの人々が魔物を抑えてくれているからではありませんか?」

「まさに。王領であった際は王国騎士団が中心となってその任にあたっていました。当面は彼らが任務を継続しますが、いずれは俺が守備隊を編成して引き継がなければ」


 そう語る横顔は、いつか図書室で見たそれと一緒。

 覚悟と悲哀が混じる表情で、未来を語るには深刻すぎる気がします。よほど難しい土地なのだろうとは思うのですが、それだけじゃないような。


 一方、マイペースなお兄様はご自分の興味の赴くままに、お店へ入っては出るを繰り返していました。


「オリー、この店いいぞ」


 この街でも随一と言えそうな立派な構えをしたお店から、お兄様が顔だけを出して私を呼びます。


「いいって何がよ」

「あれは宝飾品店です。石の選別はもちろんデザインから細工まで手掛ける、こだわりの強い店ですね」

「宝飾品……!」


 行きましょうと促され、ジュスト様と一緒に店内へ。

 店内は明るく、特にショーケースはキラキラ輝いていました。他に客はいなくて、私が歩くたびコツコツと硬い音が響きます。


 ドレスにしろ宝飾品にしろ、ファッションに関わるものには苦手意識があります。


 流行そのものはお勉強しているのですが、それでも私はティーノ様に認めていただいたことがないので。やっぱり私はティーノ様がおっしゃる通り、地味で絶望的に流行りものが似合わないのだろうと……。


「これなどオリエッタ嬢に似合いそうです」


 ジュスト様の声に驚いて顔をあげました。どうやら私は、俯いたままぼんやりしていたようです。


 店員が微笑みを浮かべたままショーケースから取り出したのは、四角くカットされたエメラルドのペンダントでした。四角と言っても角はまるく、クッションみたいな形です。


 確か最近の流行りは、先日ナタリアが見せびらかした首飾りのようなハート型。次点でこちらのクッション型でしょうか。宝石の輝きはもちろんですが、丸っこい可憐な形状が若い女性に人気なのです。


 つまりこんな今時のデザインが似合うわけない――。


「ほら、よく似合う」


 あっという間にジュスト様が私の首にペンダントをかけてしまいました。

 鏡を見れば私のデコルテでコロンとした四角いエメラルドが揺れています。


「あれ……可愛い」

「同感です。オリエッタ嬢は真面目で真っ直ぐな性格ながら、他者の意見を素直に聞き入れたり、あるいは受け流す柔らかさもお持ちです。この宝石はそれを体現している」

「私は地味だから流行りのものは似合わないと思ってて」

「地味、ですか。俺の印象とは違います。それに流行っているか否かは、似合うか否かとは評価軸が違うのでは?」


 私に似合うものは流行と無関係……単純で当然の正論に、目から鱗が落ちた気分でした。


 と同時に、自分の審美眼の無さを思い知らされた気も。だって、流行りものが似合わないのではなくて、選んだものが単純に似合っていなかったってことになります。だからティーノ様の目が冷たかったってことで。


「もうひとつ付け加えるなら、特定の人物からの言葉を真に受ける必要はありません。その人物の目が曇っているなら、なおさら」

「……え?」


 ジュスト様の言葉を反芻しようとする私の背後から、お兄様が覗き込んできました。


「おー、いいじゃないか。前につけてたハートのイヤリングも可愛かったけど、オレはこっち派だねぇ」

「派ってなによ」

「あっ。こういうのはどうだ?」


 私の言葉なんて聞こえていないみたいに、お兄様は次から次へとアクセサリーを出してもらって私に試着させます。

 そのたび、ジュスト様とお兄様が左右から褒めちぎるものだから、もう恥ずかしくて。


「おふたりこそ、何をつけても似合う似合うって……」

「率直な感想をお伝えしたまでです」

「ああ、本心ってやつだな。この土地にオリーを知ってる人間はいないんだ、好きなものを好きなだけ纏えばいい」


 確かに王都では、私が何を試着したかという些細な情報さえ、なぜかティーノ様の耳に届くらしいのです。それで自由に買い物をするのも憚られるようになっていました。


 人目を気にせず、自分が良いと思ったものを試せる……。なんて魅力的な環境でしょうか!


「じゃ、じゃあこちらの指輪も……」

「あっはっは! いいねぇ」

「はい。そのような華奢なデザインは、オリエッタ嬢のスラっとした手指を一層美しく飾るかと」


 ジュスト様の言葉はいつも真っ直ぐで嘘がありません。


 ひんやりした金属が指をすべるうちに体温と同じになるように、ジュスト様の一言一言が私の心に触れてはじんわり溶けていきます。


 褒められると恥ずかしいけど、それ以上に嬉しくて。自分を磨くには、信頼に足る誰かの協力も必要なんだなって……。


「待って、買いすぎです!」

「そうかい? 少しくらいいいんじゃないかと思うがねぇ」


 気がついたら黒いベルベットのトレーが3つも並んでるし、お兄様はあれもこれも買うって言い始めるし。ジュスト様も「なんで買わないのか理解できない」みたいなお顔で。


 今日は領地探索に必要なものを買いに来たんでしょと言うと、おふたりもようやく目的を思い出したようでした。

 店主と話があるというジュスト様を置いて、私とお兄様は先に店を出ます。


「なんのお話かしら」

「竜の鱗なんか有名だが、魔物の素材の中には宝飾品になるものもある。それじゃないか?」

「なるほど」


 頷く私のお腹が「ぐぅ」と鳴きました。

 お兄様と目が合った瞬間、兄の口を塞いでおきます。どうせ大笑いするんだから!




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