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「自分を磨け」と言ったのはあなたです  作者: 伊賀海栗


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第1話 いつもの夜会①

新連載、毎日更新です。

初日は3話、明日は2話、以降1話ずつ更新予定。

どうぞお楽しみください!


 我が国の末姫様のご婚約が調って、今夜は婚約発表パーティーです。

 社交期もそろそろ終わりを迎えようかというこの時期に、なんともおめでたいお話ではあるのですが……。


「オリエッタ……。侯爵令嬢ともあろう君が、このめでたい席でなぜそんな地味な姿を晒せるのか、理解に苦しむな」


 会場の一角でそう言い放ったのは私の婚約者であるティーノ・ミラベラ伯爵令息です。領地を持たない宮中伯家ですが、お父上様は政務をまとめる宰相の地位についておられます。

 私を見るその空色の瞳は小さく揺れ、心底理解不能だと言っているみたい。


「ティーノ様ったら、お顔が怖いですわ」


 彼の腕にくっついて離れないのは私の従妹であるナタリア・ベルテ子爵令嬢。私を通じて知り合ったふたりですが、気が合うらしく、いつの頃からか私そっちのけで仲良くしています。

 ピンク色の髪がふわふわで、同性の私から見ても守りたくなるような可愛らしい子。


「まとめただけの頭に暗い色のドレス、どこにも華やかさがないではないか。凡庸なブルネットに流行りの飾りひとつつけられないのか? ナタリアは新進気鋭の銀細工職人に宝飾品を作らせているというのに」

「お姉さまは真面目な方だから流行をあまりご存じないのです」

「フン。だからいつも自分磨きを忘れるなと言っているだろう。そんなザマではこの僕の横に立つことは許されないと知れ。いい加減にしないと婚約破棄も考えないといけなくなるな」


 かつては私も侍女に相談して、流行最先端のドレスに袖を通したことがあります。

 その際ティーノ様は「似合わない」と一蹴し、すぐに着替えるよう命じてどこかへ行ってしまいました。


 その一件で、ただ流行っているものを取り入れるだけではいけないのだと学んだのです。が、結局ティーノ様の求めるものは未だわからないまま。

 どうしたらいいのでしょうとお尋ねしても、呆れ顔で溜め息をつくばかり。ちょっと婚約者にそのお顔はどうかしら、と思わないではないけれど……。


 なんとも「いつも通り」な私たちのやり取りに、周囲から注がれるのもまた「いつも通り」憐憫の眼差しです。

 ところが今夜は少しいつもと違いました。ティーノ様がまだ何か言おうと口を開きかけたとき、私の背後から低い声が響いたのです。低いけれどよく通る心地のいい声。


「おっしゃる通り、めでたい席です。軽挙妄動は慎んでは?」


 振り返るとそこにはプラチナブロンドを後ろでひとつに結んだ、綺麗なお顔の男性がいました。周囲の若い女性たちが「ほぅ」と溜め息をつきます。


 女性たちが憧れるのは整ったお顔のせいだけではありません。この方は我が国で最も強いと噂される王国筆頭魔術師であり、我が国の英雄――。


「オルトラ伯爵には関係のない話です」

「いいえ。面白くもない言葉を延々聞かされたのだから、十分関係者と言っていい。しかもこのハレの日に婚約破棄など……王女殿下への礼を失しています」


 しばらく静かで居心地の悪い時間が続きましたが、ティーノ様が先に目を逸らして背を向けたことで、おふたりの睨み合いは終わりを迎えました。

 ナタリアもティーノ様について行き、その場には私とプラチナブロンドの彼が取り残されたのです。


 ファルカード公爵家のご令息、ジュスト・ブルーノ様。英雄故にご自身の力で爵位を得ており、今はオルトラ伯爵とお呼びするのが正式。

 たれ目がちなグレーの瞳に見つめられ、慌てて淑女の礼(カーテシー)をとりました。


「あ。と。ありがとうございます、オルトラ卿」

「礼を言われるようなことは何も。先ほど申し上げた通り、暴言を聞かされるだけでも嫌な気持ちになりますから」


 完全無欠の貴公子と呼ばれる彼は滅多に笑顔を見せません。

 歯に衣着せぬ物言いは敵を作ることも多いはずですが、それ以上に誠実さを買われ、慕う人のほうが多いとか。細すぎない顎とふっくらした唇が表情に温かみを滲ませるせいもあるのでしょう。


 オルトラ卿はあまりこうした夜会に出席なさらないので、お会いするのは久しぶりですが……お元気そうで何よりだわ。

 

「それは申し訳ありま――」

「ですが助かったと貴女がおっしゃるなら結果は上々と言えましょう。それから。王女殿下がお呼びでしたので、それを伝えに」


 私の謝罪の言葉を遮って彼が指し示した先では、末姫様がこちらに向かって手を振っていました。今夜の主役であり、私の大事なお友達です。


 オルトラ卿は「では」と短く続けて背を向けてしまいました。彼がなんと言おうと助けられたのは確か。いずれお礼ができればいいのですけれど。

 少しだけオルトラ卿を見送ってから、王女殿下のもとへ。


「フィオレ殿下、このたびはご婚約まことに――」

「んもう、聞き飽きたわ。でもありがとう。オリエッタも疲れたでしょう? さ、座って」


 フィオレ殿下に勧められるまま、彼女の隣の席に座ります。ふかふかのソファーは私の倦んだ心まで包み込んでくれるようでした。


 こちらの席には他に公爵家をはじめとする他家のご令嬢の姿が複数あります。いつも私と仲良くしてくださる方々ばかり。ですが……。


「オリエッタ様のお兄様、アンドレア様はお元気?」


 予想通りと言うべきか、いち早く公爵家のご令嬢が身を乗り出しました。

 伯爵家のご令嬢は目を丸くして彼女を仰ぎ見ます。


「あら。んふふ、早速敵情視察でございますか?」

「早い者勝ちだもの。キャロモンテ侯爵令息アンドレア様か、オルトラ伯爵ジュスト・ブルーノ様か。人気の殿方は多くなくてよ」

「オリエッタ様。先ほどはジュストさ……いえ、オルトラ卿と一体どんなお話を?」

「オルトラ卿とはお知り合いなのですかっ?」


 一斉に皆さまの視線がこちらに集まります。圧が……すごい!



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