巡り始める道具たち
道具が広がるのは、思っていた以上に早かった。
畑に、倉庫に、作業場に。
気づけば、あの新しい道具は領内のあちこちで使われていた。
「これ、一日使っても腕が楽だな」
「前より、終わるのが早い」
そんな声が自然と行き交う。
誰かが広めたわけでも、命令したわけでもない。使いやすいものは、勝手に残る――ただそれだけだった。
そして、もう一つの変化が起きていた。
「……これ、要らなくなったな」
今まで使っていた古い道具。柄が細すぎたり、重心が悪かったり、長時間の作業には向かないものたち。
それらが、次々と商人の元へ集まっていった。
◇
「ふむ……」
倉庫に並べられた、古い農具の山を前に、リーナは腕を組んだ。
錆びはあるが、折れているものは少ない。
刃も、手を入れればまだ使える。
「捨てるには、惜しいわね」
そう言って、職人たちを呼び集めた。
「形は古いけれど、素材は悪くない。この部分を削って、ここを直せば――」
職人たちは目を輝かせる。
「なるほど……」
「これは、まだ生きますな」
命じたのは、廃棄ではなく改良だった。
柄を太くする。角度を変える。重心を調整する。
新しい道具ほどではないが、以前よりはずっと使いやすくなる。
「領内では、もう十分行き渡った」
リーナは淡々と告げる。
「だから、これは外へ」
◇
改良を終えた道具は、外から来た商人たちに並べられた。
「中古……いや、改良品か?」
「試していいか?」
実際に手に取った商人たちは、首を傾げ、そして頷く。
「悪くない」
「この値段なら、十分売れる」
新品ほど高くない。それでも、使い勝手は確実に向上している。
「この領地、最近妙に“便利な物”が増えたな」
そんな声が、ぽつぽつと聞こえ始めた。
◇
執務室で報告を聞いたかおりは、小さく笑った。
「捨てないで、回す……か」
「ええ」
リーナは頷く。
「道具は、使われてこそ価値がある。役目を終えた、なんて決めるのは早すぎるわ」
改良された道具が売れれば、また商人は来る。
次は、新しい道具目当てかもしれないし、別の便利な物を探しに来るかもしれない。
「少しずつでいいの」
リーナは、静かに言った。
「“ここに来れば、何かある”。そう思ってもらえれば」
派手な交易ではない。
けれど、確実に“売る物”は増えていた。
かおりは窓の外、行き交う人々を眺めながら思う。
道具が巡る。人が巡る。お金が、ゆっくりと巡り始める。
この領地は、もう止まらない。
静かに、しかし確実に。
自分たちの手で、次の段階へ進んでいくのだった。




