形にするという決断
道具を使ってもらい、改良を重ねて、数日。
「……こんなところかな」
かおりは作業台の前で、三本の道具を見比べた。刃の角度、柄の太さ、重心の位置。
何度も削って、削り直して、手に取っては振ってみる。
完璧、とは言えない。けれど――
「少なくとも、無理はない」
使った人たちの声は、徐々に揃ってきていた。
最初は違和感だった部分も、改良を重ねるごとに消えていく。
「腰が楽になった」
「長時間でも手が痺れにくい」
「前より作業が早く終わる」
劇的な変化ではない。
それでも確実に、日々の負担は減っていた。
「よし……」
かおりは道具を布で包み、箱に納める。
向かう先は、リーナの執務室だった。
◇
机の上に並べられた、三種類の道具。
「こちらは、力のある人向け」
「こちらは、女性でも扱いやすい形にしています」
「それから……」
最後の一本を、そっと差し出す。
「お年寄りでも、無理が出にくい仕様です」
柄は少し短く、握りは太め。
重心は手元寄りで、刃の入りも浅い。
リーナは一つずつ手に取り、重さを確かめ、何度か振ってみた。表情は真剣そのものだった。
「……なるほど」
短く、けれどはっきりと頷く。
「これは“楽をする道具”ね」
「はい」
かおりは即答した。
「頑張らなくて済むための、道具です」
リーナは少し考え込むように視線を落とし、それから顔を上げた。
「商品化しましょう」
即断だった。
「まずは領内で普及させる。価格は抑えるわ。誰でも手に取れるように」
かおりは、ほっと息をついた。
「鍛冶士と木工士には、こちらから話を通す。形は変えない。改良は、こちらで管理する」
「……いいんですか?」
「いいの」
リーナは、静かに笑った。
「これは“新しい技術”じゃない。でも、“新しい基準”になる」
◇
数日後。
領内の農具小屋に、見慣れない道具が並び始めた。噂はすぐに広がる。
「楽らしい」
「使いやすい」
「誰でも扱える」
最初は半信半疑だった人たちも、手に取ると表情を変えた。
「……悪くないな」
「前より、続けられそうだ」
そして、領内を訪れた商人たちが、それに目を留める。
「これは、売り物か?」
「ええ。まずは、この領地から」
リーナは、焦らない。
一気に広げない。押し付けない。
使われ、慣れ、当たり前になるまで待つ。
◇
夕方。
畑を眺めながら、かおりは小さく息を吐いた。
「少しずつ、だね」
派手さはない。革命でもない。
それでも、この道具が広がれば――
「誰かが、少し楽になる」
それだけで、十分だった。
かおりは、次に改良すべき点を頭の中で整理しながら、ゆっくりと歩き出した。
この変化は、もう止まらない。
静かに、確実に。
領地の“当たり前”へと、溶け込んでいくのだった。




