小さな改良、大きな確認
木の匂いと、金属の乾いた音。
かおりは倉庫の片隅で、最後の調整をしていた。出来上がったそれは、見た目だけなら大したものではない。
「……鍬、だけど」
柄が少し長い。刃の角度が、ほんのわずかに違う。握る位置には、滑り止め代わりの溝。
派手さは、ない。魔法も、ない。
「でも……これでいい」
“便利すぎない”。“変わりすぎない”。
その条件を、ちゃんと満たしている。
◇
かおりは、その器具を抱えて歩き出した。
向かう先は、リーナの執務スペース。
「失礼します」
「どうぞ」
リーナは書類から顔を上げた。
「何か、ありましたか?」
かおりは少しだけ緊張しながら、器具を差し出す。
「……試作品です」
「?」
リーナは首を傾げる。
「農業用の器具です。改良型、というほどでもないですけど」
受け取ったリーナは、静かに眺めた。ひっくり返し、角度を変え、柄を握る。
「……見た目は、普通ですね」
「はい。そこは、わざとです」
かおりは頷いた。
「使い方も、変わりません。ただ……」
説明しながら、指で示す。
「腰を落とさなくても力が入る角度にしてあります。柄を長めにして、負担を減らしてます。刃の幅も、少しだけ調整しました」
リーナは、無言で聞いていた。
「魔法は、使っていません」
その一言に、リーナの視線がかおりへ戻る。
「……それは、意図的に?」
「はい」
即答だった。
「急に変えると、怖がられます。それに……これは、人の仕事を奪うものじゃないので」
少しだけ、間が空く。
「楽になるだけです。でも、考える余地は残ります」
リーナは、器具を机に置いた。
「……使うのは、誰を想定していますか?」
「まずは、数人だけです。全員には配りません」
「理由は?」
「慣れです」
かおりは、真っ直ぐに答えた。
「使って、問題が出て、直して、それを見た人が『あれ、良さそうだな』って思うくらいが丁度いい」
リーナは、目を閉じて少し考えた。
領主として。統治する者として。
「……段階導入。試験運用。影響範囲の限定」
一つ一つ、頭の中で確認していく。
「外部への流出は?」
「今は考えていません。ここで“当たり前”になってからです」
「価格は?」
「最初は、無償で。壊れたら直せるか、そこも確認したいです」
リーナは、ふっと息を吐いた。
「……かおりさん」
「はい」
「あなたは、急がないですね」
かおりは苦笑した。
「急いで失敗するの、得意じゃないので」
リーナは、静かに頷いた。
「分かりました」
そして、はっきりと告げる。
「この試作器具、使用を許可します。対象は、三名まで。記録は、必ず残してください」
「……ありがとうございます」
かおりは、深く頭を下げた。
「ただし」
リーナは続ける。
「“成果”より、“問題点”を重視してください。不満が出たなら、必ず拾うこと」
「はい」
「それが出来るなら――」
リーナは、器具を見つめた。
「これは、良い始まりです」
倉庫へ戻る道すがら。かおりは、胸の奥が少しだけ軽くなったのを感じていた。
「……通った」
派手な承認ではない。だが、確かな許可。
「まずは、一歩」
小さくて、静かな一歩。
でもそれは、この領地が“無理をしないで前に進む”ための、大切な一歩だった。




