ゆっくり広げるという選択
やっぱり――
知っていて、黙っているのは違う気がした。
かおりは、朝の畑を眺めながらそう思った。
昨日と同じ風景。
同じ姿勢で、同じ動きを繰り返す人たち。
「……魔法は使わない」
それだけは、最初から決めていた。
便利な魔法。一瞬で作業を終わらせる力。
それは確かに魅力的だ。
でも、それを使った瞬間に“線”を越える。
「だから……やるなら、道具」
人の力を奪わない。人の考える余地を残す。
「ちょっとだけ、楽になるくらいの」
◇
頭の中で、条件を並べる。
・今ある材料で作れること
・壊れても直せること
・使い方が直感的なこと
「……農業器具、だよね」
鍬の形。
柄の長さ。
刃の角度。
ほんの少し変えるだけで、腰の負担は減る。
力の入り方も変わる。
「大改革じゃない。改良」
かおりは、静かに頷いた。
◇
そして、もう一つ。
「一気に広げない」
これが、一番大事だった。
いきなり全部を変えれば、混乱が起きる。
便利さは、恐れにもなる。
「だから……徐々に」
まずは、ここ。この領内だけ。
慣れて、使いこなして、当たり前になるまで。
(“新しい”じゃなくて、“ちょっと使いやすい”)
それくらいが、丁度いい。
◇
その先も、考えている。
「慣れたら……外へ」
だが、それは今じゃない。
「じんわり、広げる」
急がない。焦らせない。
「慣れは、抵抗を消すから」
かおりは、それをよく知っていた。
◇
決めた。
「……まずは、試作」
いきなり配ることもしない。いきなり教えることもしない。
「作って、見せる」
それから――
「リーナに見せる」
この領地の判断は、彼女のものだ。かおりが勝手に決めていい話じゃない。
「オッケーが出たら、ここで使う」
それだけ。
◇
倉庫に入り、木材と金属片を見渡す。
「……よし」
頭の中には、もう形がある。派手さはない。
名前も付かない。
ただ、少しだけ使いやすい道具。
「売り物にするのは、その後」
使われて、評価されて、必要とされてから。
「それなら……奪ってない」
かおりは、工具を手に取った。
◇
ゆっくりでいい。慎重でいい。
世界を変えなくていい。ここを壊さなければ、それでいい。
「まずは、一歩」
その一歩は、とても小さい。
でも、それは――ちゃんと人の足で、進むための一歩だった。




