決めるという役目
朝、執務机の上に置かれた報告書を、リーナは静かに読み進めていた。
受け入れ数。
断った家族。
残った者たちの条件同意状況。
支援物資の配布量。
数字は正直だ。
感情を含まない。
「……想定通り、ですね」
声に出して、そう確認する。
誰に聞かせるでもない独り言だった。
村は持ち直している。
だが、それは“線を引いた”からだ。
昨日、村を去った人々の顔が、脳裏に浮かぶ。
怒鳴る者はいなかった。
泣き崩れる者もいなかった。
それが、余計に重い。
「理想論では、守れない……」
父から何度も言われてきた言葉だ。
書物でも、歴史でも、同じ結論に行き着く。
統治とは、選ぶこと。
そして、選ばなかった結果を引き受けること。
「……私は」
リーナは、ペンを置いた。
「私は、感情で判断しなかった」
それは誇りでもあり、恐怖でもあった。
補助杖を手に、執務室を出る。
歩く速度は、以前より確実に速くなっていた。
外では、人々が動いている。
仕事に向かう者。
子どもを連れて井戸へ行く者。
リバーシブルの盤を抱えたまま口論している若者。
「……平和、ですね」
一瞬、そう感じてしまう。
だが、それは“維持された平和”だ。
放っておけば崩れる、均衡の上にある。
広場の端で、かおりの姿を見つけた。
前に出ない。
口を挟まない。
判断を委ねる。
それを、彼女は本当に守っている。
「……逃げているわけじゃない」
むしろ逆だ。
最も重い責任を、こちらに渡してきている。
「信じている、ということ」
それを、リーナは痛いほど理解していた。
再び執務机に戻り、新しい紙を取り出す。
「追加施策……」
声に出しながら、書き始める。
・受け入れ基準は維持
・村外支援ルートの明確化
・条件未達者への技術講習案内
・次期受け入れは半年後に再検討
線は引いた。
だが、完全な断絶ではない。
「戻れる道は、残す」
それが、今の自分に出来る最大限だ。
書き終えた書類に、家名を記す。
リーナ・フォン・ルーディア。
その文字を見つめ、深く息を吸った。
「……私は、領主です」
誰かの娘である前に。
誰かに守られる存在である前に。
決める者であり。
背負う者だ。
夕方。
広場で人々の様子を見ながら、リーナは思う。
この場所は、優しい。
だが、優しさだけでは続かない。
だからこそ――
「壊れない選択をする」
たとえ、誰かに冷たいと思われても。
たとえ、自分が傷ついても。
この村が“次の朝”を迎えるために。
リーナは、静かに杖を握り直した。




