線の外側と内側
朝の空気は、少し重かった。
人が増え、物が動き、村が“形”になってきたからこそ。
ここが無限ではないという事実が、誰の目にも見えるようになってきた。
受け入れ条件の掲示板の前には、人が集まっていた。
怒鳴り声はない。
だが、沈黙が重い。
◇
最初に去っていったのは、一人の男だった。
働く意思も、技術もあった。
だが、家族を含めた人数が多すぎた。
「……そうか」
説明を受けたあと、男は短くそう言った。
支援として渡されたのは、数日分の食料と道具、そして紹介状。
他の開拓地への道筋が、丁寧に書かれている。
「悪いな」
対応した弟子が、そう言った。
男は首を振った。
「違う。分かってる」
怒りは、飲み込まれていた。
理解も、していた。
それでも、胸の奥に残るものを消すことは出来ない。
家族の手を引き、男は村を後にした。
振り返らなかった。
◇
別の家族は、静かに受け入れていた。
子どもがまだ小さく、労働力として数えられるのは母親一人。
条件を満たさない。
「……今は、難しいです」
そう言われた時、母親は一度だけ目を伏せた。
そして、差し出された支援物資を見て、小さく息を吐いた。
「ありがとうございます」
それは形式的な礼ではなかった。
「ここは……いい場所ですね」
思わず出た言葉だった。
何でも与えてくれる場所ではない。
だが、切り捨てる場所でもない。
「また、力をつけてきます」
そう言って頭を下げ、家族と共に歩き出す。
この村は、待つとは言わなかった。
だが、拒絶もしなかった。
それが、この場所のやり方だった。
◇
条件を飲んで残る者もいた。
労働時間。
共同作業。
勝手な判断は禁止。
正直、楽ではない。
だが、条件書には理由が書かれていた。
誰のためかも、はっきりと。
「……守るため、か」
署名を終えた男は、紙を見つめた。
自由は減る。
だが、代わりに続く場所に居られる。
夜、共同の食事場で囲む食卓。
豪華ではないが、落ち着く。
ここは楽園ではない。
だが、壊れないように作られている。
そういう場所だと、理解した。
◇
少し離れた場所で、かおりはその様子を見ていた。
前に出ないと決めた以上、指示は出さない。
判断も、現場に任せている。
それでも、胸の奥がざわつく。
「……これで、いい」
何度も、自分に言い聞かせる。
全員を助けることは出来ない。
だが、線を引かなければ、ここは潰れる。
優しさを広げすぎれば、全てが壊れる。
「選ばなかったんじゃない……続けるために、止めただけ」
その言葉は、誰に向けたものでもない。
自分自身への確認だった。
◇
線を引いたことで、救われなかった人はいる。
だが、線を引かなければ、
もっと多くのものが失われていた。
この場所は、万能ではない。
奇跡でもない。
それでも――
守ると決めたからこそ、続いていく。
線の内側と外側。
その境界で、村は静かに“次の段階”へと進み始めていた。




